黎明 -04-
当主昌幸の意向もあり、それから幸村が十勇士達と共に過ごすことは格段に多くなった。剣術の鍛錬も簡単な薬草の見分け方も、全て佐助が手ずから教えたものの、他の十勇士達に比べると幸村との間の空気はぎこちないものとなっていて。
「幸村様、佐助とあんましうまくいかねえべか?」
ある日何気無く掛けられた鎌之助の言葉に、幸村は『そういうわけじゃないよ』と小さく答えた。我ながら、気まずさを隠すのが随分と下手だと思う。
「あんまり考え込まねえこったべ。訓練の時の佐助は容赦ねえども、おら達から見たら兄貴みてえな存在だで。」
尚も気遣う様にそう言われて、幸村は知らず溜め息をついた。
「そうだね、父上もそう言ってたよ、『兄と思って師事しなさい』ってね。…ただ、僕が…主従とかよりももっと親しい間柄になりたいと思ってしまっただけなんだ。せめて兄さんと彼がそうである様に友人になりたいってね。」
二人の遣り取りを脇で聞いていた甚八が僅かに眉を寄せて、不意に何処かへと立って行った。
「なあ、佐助。」
城下が一目に見渡せる櫓で一人夕暮れを眺めていた佐助を見つけて、その肩を軽く叩く。
「…どうした、何かあったか?」
予め気配を感じ取っていたのだろう、驚くでもなく反応した佐助へ『流石だな』と甚八は相好を崩した。
「…いや、差し出がましい事ぁ十分承知なんだが。ちょっといらん事をしゃべっても許してくれるか?」
柄にもなく言葉を濁す甚八に、振り返った佐助の笑みが穏やかだ。
「遠慮することはない、私達は仲間だろう?」
何でもない事の様にさらりと口にされた言葉が優しかった。
「…お前はよ、俺達なんかよりもずっと能力が上だし、それはお前が常に自分を律して鍛錬してきた成果だって事は良く分かってる。だが俺は時々思っちまう事があるんだ…お前、他人と繋がりを作ることを恐れていないか?」
―――まるで、不意に蝋燭の灯が消える様に。甚八の言葉を受けた佐助の頬から笑みが失せる。
咄嗟に逸らされた視線が何とも痛々しく思えてならない。
「違うんだ、佐助…責めてるわけじゃねえ。ただ―――済まん、うまく言えんが…そんなに怖がらずとも大丈夫だ。少なくともお前は…他人を大切に想うがあまりに堕落して行く類の人間じゃないだろ。」
横から佐助の背をぽんぽんと叩くと、伏せられた長い睫毛がゆらりと揺れて。その様子を間近で見ていた甚八は、不意に背筋がぞくりとするのを感じた。
―――ああ、何だか分かった気がしてきた。
この男は色々な顔を持っていて…忍者マスターとして俺達を厳しく指導するかと思えば、鍛錬の終わった後は打って変わって穏やかに俺達を気遣う…そして偶然こうして静かな場所で一人でいる所を見つければ、凛とした、それでいて孤高の背中を垣間見せる。
万が一、星降る夜空の下で、あるいはこうした夕暮れに二人になったらどうだろう。えもいわれぬ艶の様なものを感じはしないだろうか。
幸村様は…彼のそんな風情に惹かれて、恋にも似た気持ちを覚えたのに違いない。そんな感情を抱いた幸村様自身も、そして敏感にその空気を察した佐助も…それを恐れて互いに近寄れずに居るのだろう。
それでも人の感情などというものは自分で読み解いてこそ価値がある。今は黙って見守る方がいいだろう、と甚八は口を噤んだ。
「―――もう日も暮れたな。いくら鍛えているとはいっても此処は冷える、中に入った方がいい。…師匠が倒れては弟子達も修行どころじゃないからな。」
冗談めかした最後の台詞に、そんなにやわではないと佐助はほのかな笑みを浮かべ、ゆっくりとその場を後にした。
* * *
甚八の言葉は恐ろしい程に的を得ていて。
自分から幸村へ何か個人的な会話をする機会でも振ってみるべきだろうか、いやしかし一体何の話をすれば良いのだろう、と頭を悩ませているうちに佐助の足が向かったのは秋の名月に照らされた庭園。
暫く前に幸村の兄である信幸と話した後にも…やはりこうして庭園で物思いに耽ったのだったか。
甚八が注意を促した通り夜風は確かに身に染み入る様な冷気を孕んでいたが、部屋に戻って暖を取る気にはなれなかった。
「…佐助…?どうしたの、こんな時間まで鍛錬?」
既に耳に馴染んだその声は、丁度思考を巡らせていたその相手の声。気が散っていた故だろうか、全く気配に気付けなかったのが情けない。
「…幸村様。」
小さく呟いた佐助へ、まるで沈黙を恐れるかの様に幸村が続けた。
「ああ、それとも何処かからの帰りだった…?」
ただ気の向くままに散策をしていただけだと口を開きかけた時、そっと伸ばされた幸村の指が腕に触れた。
「随分冷えてるよ。…もしかしてずっと外に…?」
それに答える余裕は与えられず、次の瞬間には身体ごと二つの腕に抱きこまれていて。
「…ね、主人が部下を心配するのは別に悪いことじゃないよね。防寒具の代わりでいいからさ、もう暫くこうさせてくれる…?」
身長差のせいで幸村の顔は佐助の肩口に埋まる様な形になっていて、その表情は窺えぬままだ。
それでも今この瞬間にすべき事を予め知っていたかのように。佐助の腕は微かに震えながらもゆっくりと幸村の背へ回った。
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