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黎明 -02-





「幸村様、ですね。」

 慌しい城内で不意に細い声に呼びかけられ、幸村は足を止めた。

「…穴山小助…若輩者ですが、十勇士の一人です。小助とお呼び下さいませ。」

 名乗った声は、明らかに未だ少女の域を脱しない女性のもの…己とさして年齢は変わらぬだろう。
 ―――十勇士に女性が居たなんてね…知らなかったよ。そして十勇士と言うからには、彼女はかの『佐助』の弟子なんだね。

「そう。…宜しく、小助。」

 にっこりと微笑んで言えば、小助の方も少し表情を緩ませた。

「私には未だ早いと、佐助さんは此度の任務に私をお連れ下さいませんでしたが、将来幸村様の影としてお守りするのがこの小助のお役目でございます。何かとお側に居る事が多くなるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。」

 『影』―――主が危機に晒された時、その身の安全を守る為に身代わりとなること…。
 どこの大名にもその様な存在が居る事は既に当たり前の事実ではあるが、そうせねばならぬ世の乱れは哀しいことであった。

「…無理は、しないでね。」

 そう答えた幸村へ、小助は困ったように微笑んで言葉を選ぶ。

「お優しいのですね、幸村様は。…けれど、小助は一日も早く佐助さんに認めて貰える様な忍になりとうございます。あの方はいつも一人で危険に立ち向かわれるから…少しでもお役に立ちたいのです。」

 『今回は連れて行って貰えなかった』と彼女はつい先程言ったのだったか。
 『いつも一人で危険に立ち向かわれる』…父の昌幸をして『随分と危険だ』と言わしめた場所に、まさか彼はたった一人で赴いたのだろうか。

「…君以外の十勇士は…彼と一緒に戦へ行ったのかい?」

 さり気無さを装って尋ねてみれば、小助はまた困ったように眉を寄せる。

「十勇士のうち、それなりに経験の深い数人は佐助さんと一緒に参りました。本心を言えば私もお供したかったのですが…もし本当に危険になったなら、自分の身を盾にしてでも部下を守る…佐助さんはそういう方ですから、足手まといにはなりたくありませんでした。」

 一人で死地に赴いたわけではないのだと知って、心の何処かでほっとつかえが下りた様な気がした。尤も、その様な大事な局面に単身で乗り込むなど有り得ぬと頭の何処かでは分かっているのだけれど。
 それにしてもこの小助の言葉を聞けば、『佐助さん』がどれ程に尊敬に値する師匠であるかが良くわかる。

「…そうだね、僕も君も…佐助に庇って貰わなくてもいい位には強くならないといけないね。」

 そう言った幸村に、小助は小さく肯いて柔らかく笑った。



 それから数日。
 小助は日中のほとんどを幸村の室で過ごした。
 思えば幸村の側に控えていろという佐助の指示は、『影』として主となる幸村の挙動をよく知っておけという意味なのだろうと思ったから。

 敵にも味方にも大きな損害を与えた戦が終結した時、父や兄の率いる本隊とは別に佐助達がひっそりと城内へ凱旋したのは夕刻の事である。…長である彼が傷付いた仲間に肩を貸しつつ、足早に井戸へと向かう所へ、偶然小助と幸村が通り掛かったのだ。

「佐助さんっ!」

 思わず駆け出して行った小助は、佐助の肩によりかかって足からの出血に耐えている甚八の姿に目を見開く事になる。

「小助、薬草の見立て方は教えたな。…私の室に置いてある故、痛み止めを選んで持って来てくれないか。応急処置に用いるものは私が携帯している故、落ち着いてゆっくりとで良い。」

 恐らくは初めて見る酷い怪我に小助が相当動揺しているのを知ってだろう、さり気無く小助をその場から離してから数歩先に佇む幸村へと目見を合わせた。

「幸村様。」

 僕の事は気にしないでいいから、と怪我人の手当てを優先させる様に言ってやれば、佐助は僅かにその口許を笑ませる。

「…有難うございます。」

 それからの佐助の手際はそれは見事で。
 冷たい井戸水で手早く傷口を洗い、懐から取り出した血止めの薬草をあてがってからあっという間に純白の布を巻いていった。

「手ぇ出した挙句にこんな事になっちまって済まねえ、佐助。」

 傷口に沁みるであろう薬にきつく眉を顰めながらも、怪我をした男がそんな謝罪の言葉を口にする。

「…いや、お前に怪我をさせてしまったのは私の咎だ。数日経てば怪我は全快するだろうが…それまで大人しくしておけ。」

 緩く首を振る佐助の顔には明らかな苦悩と疲労が現れていたけれど、その声の調子はその様なものを微塵も感じさせなかった。

「佐助さん。」

 薬草が入っているであろう袋を持って小助が現れたのはそれからすぐの事。

「ああ、すまぬな、小助。」

 息を切らしている彼女を労わってやってから、佐助はその中の一本を取り出して甚八へと差し出す。

「口に含んでしばらく噛んでおけ、痛みが少しはましになる。」

 その強面とは裏腹に素直に甚八がそれを口に入れた所で、大鎌を持った別の人物が屋根から下りてきた。

「甚八っつぁん、大丈夫か?…ったく、無茶すんでねえ。」
「おう、見た通りよ。佐助が手当てしてくれたからな、心配無い。」

 華奢な外見に反する言葉遣いの彼と、甚八とは随分と仲が良いらしい。
 これこそが佐助の率いる『十勇士』か、と幸村はぼんやりと思った。
 まるで一つの家族ででもあるかの様な温かい空気が優しく肌を包む。彼らの仲間となれるとは、何と幸せなことであろうか。

「…ほら、落ち着いたら皆幸村様にご挨拶を。」

 部下達が無事を喜びあうのを穏やかに眺めていた佐助が、一区切りついた所でそう彼らを促す。

「いっけねえ、大将に挨拶し忘れてたぜ。」
「んだ。」

 向き直った彼らの瞳には、皆使命を持つ者だけが放つ強い魂の輝きがあった。





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