Maskerade-03
煙が見える。食事中なのだろうか。近付いて行くと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「サフィー!!朝からカレーそんなに一杯作って一体どうすんだよ〜」
「王子〜、しょうがないじゃないですか〜、気がつくとすごい量になっているんですから〜私はただ王子に少しでも美味しい物を食べて頂こうと…。」
「…わかった、食べるから、そんなにしょげるなよ〜。お〜い、皆、ごはんだぞ〜。サフィーがしょげるから一杯食べてくれよ〜。」
「わ〜い、ごはん、ごはんですう〜。って、ま〜たカレーですかあ!?プラムはもっとこう、甘いケーキが食べたいですう〜。」
「…やれやれ、僕は酒ならいくらでも頂くけどねえ…。まったく、毎回作り過ぎるなんて、学習能力がないよ。」
「何だ、飯かあ?ってまた作りすぎたんかいな。もう、俺ならそんなヘマせえへんのに。」
兄上の陣は底抜けに明るい。こんな中で兄上の参謀にジェイドの話を聞くのは無謀かもしれない。それにあの参謀もジェイドとは随分と雰囲気が違う。あまり頼りにはならなそうだ、とそんな事を考えつつも、木陰で彼らの朝食が終わるのを待った。
彼らがそれぞれのテントに戻ると、辺りに静かな空気が戻った。兄上の参謀のテントだと思われる場所に足音を潜めて近付き、外からそっと声を掛ける。
「すまないが。」
はっとして振り返った彼の表情が瞬時に厳しいものとなった。
「…!!…プラチナ王子。この様な所に何の用です?アレク様には指一本触れさせませんよ!!」
そうだったな。俺たちは敵同士。警戒されるのは当然のことだ。
「今日は戦いに来たわけではない。…お前に話があってきた。聞いて、貰えないか?」
「話、ですか?私に?…内容にも依りますけどね。まあ、お入り下さい。…暴れられると困るので手は拘束させて頂きますよ。」
その辺りに置いてある紐で手首を緩く縛られる。何だか此処まで来るだけで酷く疲れた。だが此処は敵陣。眠るわけにはいかない。勧められるままにソファに腰を下ろす。
「…簡潔に話す。ジェイドの事だ。」
「ジェイド?何かありましたか。」
「…・夢を…見た。」
「…夢?」
「ああ。おそらくは、この奈落の記憶とも呼べる夢だろう。ジェイドとお前がこの地にやって来た頃の。」
「!!…な…ん…ですって…!?そ…んな…」
「驚かせてすまない。が、俺は種族の違いなど俺は気にしない。それはきっと兄上もそうだ。それに俺はこのことを兄上に伝えるつもりもない。ただ…お前に聞きたい事がいくつかある。…ジェイドには聞けないからな。」
俺の言葉に相手は暫く驚いて動かなかった。長い沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「…いいでしょう。ですが、それは我々にとっては最重要機密です。それなりの報酬は頂きませんと。それでもいいなら質問をどうぞ。」
報酬…か。何を求められるのか知らないが、まあいいだろう。
「…わかった。聞きたい事の一つ目は・・・・・あの六枚羽根の天使の事だ。酷く邪悪な気配がしたが、あれは誰だ。」
「…セレス様の事ですね。あの方については私たちも良くは知らないんです。時々私たちに命令を与えるだけで、実際の姿を見たことも無い。それ以上は…言えません。」
「わかった。お前達の望みは天上へ還ることか?」
「…そうですね…そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。」
「そうか。羽根さえあれば、お前達は天上へ還る事ができるのか?」
「わかりません。全ては、あの方次第なのですから。」
「…もし、羽根が手に入ったら、お前は兄上を置いて天上へ還るつもりか?」
「…どうでしょうね。自分でも決めかねていますよ。」
「…天上とは…どんな所だ。」
「美しい、所ですよ…。」
要領を得ない答えが多かったが、まあ、人には言えない事もあるだろう。夢はやはり事実であったのだと確信して、俺はそこで質問を打ち切った。
「…聞きたかったのはそれぐらいだ。邪魔をした。…ああ、報酬がどうとか言っていたな。何が望みだ。」
相手の顔が一瞬自嘲気味に翳った。唇が動いて言葉を綴る。
「初対面も同然の貴方にこんな事を言うのも気が引けますが…私はね、アレク様をとても大切に思っています。」
何が言いたいのか良く分からない。ジェイドとは本当に正反対の男だ。
「…?そうか。」
「忠誠とか、仲間意識だとか、そういった物ではありませんよ。」
「…?…ああ。」
「驚かないんですね。…貴方にお願いしたいのは…一時でもいい、アレク様の身代わりとして私の物になって欲しいのですよ。」
「…何も身代わり等立てなくても、直接兄上に頼めばいいだろうに。」
「それが出来るなら苦労はしないんですがね。あの方はまだ子供だ。私の欲望を満たして下さるには幼すぎるんですよ。…どちらにせよ、貴方はもう私と取引してしまった。今さら取り消しには出来ませんよ。」
「…そうだな。…好きにすればいい。」
確かに取引を持ち掛けたのは此方なのだから。突然相手が立ち上がり、俺の方に近付いて来る。
「プラチナ王子。私の名前はサフィルス。ですが、サフィーと呼んで下さいね。…アレク様はいつもそう呼んで下さいますから。」
そう言いながら、ゆっくりとソファに押し倒される。無意識に抗おうとして、手首を縛られている事に気付いた。
「紐をほどいてくれ。…暴れたりしないから。」
「駄目ですよ。お帰りになるまで解いたりしません。…抵抗なさるでしょう?」
「それは」
内容による、と言いかけた所についばむような柔らかな口付けをされた。…こんなところまでジェイドとは正反対なのだな。あいつのはひどく荒々しくて、それでも俺はそれが嫌ではなかった。唇が首筋に下りて来る。
「何を考えておいでなのです?今は私の方だけ御覧にならなくてはいけないのに。」
「何でも…ない。」
そう答えている最中にサフィルスがはっと息を呑んだ。
「この痕は…」
ああ、ジェイドの付けた痕のことか。ロードも騒いでいたが、そんなに騒ぐ程の事なのか?
「…貴方は、もう誰かに抱かれたことがあるんですね。」
凍ったような声。荒々しく衣装を剥ぎ取られる。性急に下半身に触れてくる指。昨夜そこを銜え込んで高めたジェイドの事を否応無しに思い出してしまう。
「あ…あぁ…。」
「もう感じるんですか?敏感なんですね。」
「や…めろ…サ…フィ…ルスッ!!」
「サフィーと呼んで下さいと申し上げたでしょう?」
そう詰られ、胸の突起をつままれる。痛い、それなのに何処かで快感を感じている自分がおぞましい。いきなり後ろに鋭い激痛と異物感を感じた。
「い…やぁっっっ!!!」
思わず悲鳴を上げてしまう。ジェイドは、こんなことはしなかった。
「おや?硬いですね。後ろは初めてなんですか?」
何でもない事のように相手が囁く。そして入って来たものに中をぐるりと掻きまわされた。
「やめて…くれ…ああっっ!!」
動かないなりに突っ張った手首に紐がくい込む。
「1本でこんなに苦しがるなんて。…まあ、仮にも貴方はアレク様の身代わりなんですから、今日は勘弁してあげますが。その代り。贈り物を差し上げましょう。」
そう言って傍らの引き出しから何かを出す。後ろから何かが引き出されてほっとしたのも束の間、今度は何か冷たい物が押し入って来た。異物感は前より小さいが随分奥深くまで押し込まれる。
「次にお逢いする時までに少しでも慣らしておいて頂く為の機械ですよ。…まだ取引は終わっていないんですからまた来て頂かなくてはね。それ、たぶん御自分では出せませんから。」
薄笑いを浮かべて半裸の俺の身体を見る男。
大変な事になってしまった気がした。こんなことを知ったら、ジェイド、お前は俺を軽蔑するのだろう。だが取り敢えず、帰らなければ。きっと何とか出来る筈だから。
手首を拘束していた紐が解かれると、其処には紅く血の滲む痕が付いていた。其処から顔を背けるようにして服を着る。もうここには来まい。そう思いながら何も言わずに震える足取りで戸口に向かった途端、いきなり身体の中で何かが蠢き出した。
「…あ…うぅ…」
ひどく感じて思わずその場にしゃがみこむ。これは…先刻入れられたあの機械なのか?
「随分感じていらっしゃいますね。この機械はね、どんなに離れていてもこうして私がスイッチを押せば動き出すんですよ。」
挑発するかの様なサフィルスの声を無視して、気をぬくと零れ出る声を何とか抑えつつ立ち上がる。帰らなければ、一刻も早く。
「お気をつけて。…またいらっしゃる日を楽しみにしていますよ。」
後ろからそんな台詞を放られる。
気力だけで持ちこたえてどれくらいたっただろうか。相変わらず身体の中では淫らな機械が蠢いていた。ジルとの待ち合わせ場所まで後少しの距離。
「あれ?プラチナ?」
不意に無邪気な声が掛けられる。兄上…か。まずいところで会ったものだ。
「どうしたの?すごく顔色悪いよ。」
声を出す気力も無くて、目線だけをそちらに向ける。
「…プラチナ…。こんな時になんだけど、お前、すごく艶っぽいな。」
わけのわからない事を言うと思っていると、不意に小さな身体に抱き上げられた。よくこんな力が出るものだ。
「…おまえ、軽いね。辛そうだし、何処かまで送っていってやるよ。」
気を張っていた分、こうされるとひどく安心する。俺は無言で兄上の肩に頭を預けた。
「すまない、兄上…ジルが近くまで来ているから…。」
「うん、わかった。そこまで連れてけばいいんだね。…それにしても俺とお前がこんなふうにしてるなんて不思議な感じがするよね。ずっとこうだといいのになあ…。」
いつの間にか身体の中の機械も止まっていた。暫く心地よい揺れの中に身を任せていただろうか。
「プラチナ様。」
「プラチナっ!!しっかりして!!」
ジルの低い声と兄上の高い声が俺を呼び覚ます。
「あ…ああ、すまない…。」
兄上の腕からジルの頑丈な腕に抱きとられて。
「アレク王子。プラチナ様を連れてきて下さった事に感謝をする。だが、今日の事は誰にも言わないで欲しい。」
ジルの声が遠くに響く。
「うん、わかったよ。誰にも言わない。…またね、プラチナ。」
小さな兄上の声に何とか肯くことで返事を返した。
ジルは何も聞かず、ただ俺の身体を気遣ってテントまで連れて帰ってくれた。寝台に寝かせてくれながら低い声で尋ねられる。
「参謀殿を、呼んだ方がいいか?」
…呼ぶわけにはいかない。今日のことを知られる訳にはいかないから。
「いや、いい。…大丈夫だ。」
「わかった。ゆっくり休め。」
ジルはそのまま明かりを消して出て行った。
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