Maskerade-02
暫く首筋を押さえて鏡の前に立ち尽くしていた。突然、後ろから抱きすくめられる。
「ロードに、見つかってしまったようですね、プラチナ様。もう少し見えにくい場所に付けるべきだったかも知れませんが…まあ、これはこれで悪くない。」
耳元に囁かれ、ついでに緩く食まれる。口から零れ出る吐息が自分のものではない様だ。
「…何をした…昨夜…」
自分でも吐き気がするほどに甘い掠れ声。こんなのは、俺じゃない。何かが…変だ…昨夜から。ふっと耳元に息を吹きかけられる。
「プラチナ様…声が、変ですね。艶っぽくてそそりますけど…もしかして、感じていらっしゃるとか?」
揶揄するような口調…以前の俺ならとっくに剣を抜いていただろう。
「…質問に答えろ。」
それなのに、精一杯に強がっても声が震えている。又嘲笑われるのだと思ったが、意外にもジェイドはすんなりと答えを返した。
「何って、貴方が一番御存知の筈でしょう?…ああいう事もね、知っておいて損はありませんよ。私はまあ、百戦練磨ですから、貴方の夜を退屈にする心配は無いと思いますし。」
百戦錬磨…か。その言葉に隠された意味に気付いてしまい、胸に知らない痛みが走る。
「…それで…俺がそれを習うのが、お前の望みか?」
「まあ、そうですよ。」
淡々と答えるジェイド。伏せた瞼をそっと押し上げると、目の前であいつが覗き込む様に瞳を細めた。
「とは言っても、まだ日も高いですね。夜になったらもう一度伺いますよ。」
そう言って身を翻すあいつを目で追う。何故か引き留めたいような…酷く嫌な予感がした。それでも何も言えない、あいつはきっとあの読み取れぬ瞳を笑ませるだけなのだろうから。
独りになると、急に眠気が襲って来て、諦めて寝台に横になる。
…ここは…何処だ?眼前に広がるモノトーンの世界。…夢…の中なのか?
夢に引き込まれると、いつもろくな事が無い。見せ付けられるのは、見覚えの無い、酷く気味の悪い記憶だけ。
瞳を凝らすと、切り立った崖が見えた。そして、白黒の世界に一箇所だけ、鮮やかな血の赤。近付いていくと、無残に折れた羽根が見えた。天使なのだろうか。動いている。まだ、生きているのか?
あの顔…あの天使は…まさか、ジェイドなのか!?そして、隣にいるのは兄上の参謀…。思わず血だらけの彼らに手を差し伸べようとして、自分が今実体ではないことを忌々しく思った。
それにしても、これは一体誰の記憶なのだろう。俺の身に知らぬうちに宿っていたこの奈落の記憶なのか、それとも誰かが意図的に俺に見せているものなのか。それともこれは流れ込んで来たジェイドの記憶?
血だらけの二人の前に六枚羽根の天使が降り立ち、交渉を持ち掛ける。
いけない、その手を取っては…。それからはこんなにも禍々しい気配がするのだから。
だが、これは記憶。きっとかつて、既に起こってしまっていること。
やがて二人は、自ら背に残っていた己の羽根を切り落とした。垣間見えたジェイドの瞳は…憎しみと復讐の炎に燃えていた。
『…俺は…帰ってみせる。どんなことをしてでも、羽根を手に入れてあの天上へ。その為なら、どんな屈辱にだって耐えてやるさ…』
聞こえてきたあいつの声に、心臓が凍るのを覚えた。
兄上の参謀の方は…ただただ嘆き悲しんでいるようだった。
「プラチナ様。プラチナ様!!・・・・・」
…誰かが、呼んでいる。起きなければ。そして、確かめなければ。ジェイドに直接聞くことは出来ないだろう。まずは、兄上のあの参謀に。
「どうなさったんです、プラチナ様!!」
ああ、ジェイドか。今俺は…お前には会うべきではないのに。
ゆっくりと目を開ける。
「大事無い。眠っていただけだ。…いつもの事だろう?」
語尾に冗談をにじませて誤魔化す。お前は勘がいいから、気付いてしまうかもしれないが。
「…プラチナ様。何か、あったのでしょう?呼んでも全く意識が無かった。」
…やはり、な。だが、夢の内容はお前には告げるまい。きっとあれはお前がひた隠しにして来た重大な秘密なのであろうから。しばし、知らぬ振りをしていよう。
「何でもない。少し、夢を見ていたような気がするが…内容は覚えていない。」
そう言ってジェイドに背を向けて寝返りを打つ。
「…そうですか。…夢など見ないようにして差し上げましょう。貴方の御覧になる夢は、貴方を苦しめる物ばかりのようだから。」
そう呟いて、寝台に入ってくるあいつの気配。
「お疲れなのでしょう?そのまま寝ていて下さって結構ですよ。あまり抵抗しないで戴けると助かりますが。」
そろそろと冷たい指先が俺の首を辿る。それに続く様に熱い唇が。あいつの指が夜着を手繰り、俺の帯が解かれた。そしてゆっくりと裸身に剥かれていく己の身体。シーツが肌を隠してくれているのが唯一の救いだろうか。唇がゆっくりと下の方に下りていく。そして、反対側を向いていた俺の身体をいとも簡単に向き直らせ、シーツを投げ棄てる。
「綺麗ですよ…」
囁きと共に身体にもたらされた不思議な感覚。見ると、今まで誰の手にも触れさせたことなどない部分をジェイドの口腔に包み込まれていた。熱くて、しかしぞくぞくする程の快感がこの身を襲う。
「…あっ…あぁ…」
思わず甘い声が唇から迸り、慌てて唇を噛み締める。
「我慢しないで下さいよ。…貴方の声は俺を酔わせる。」
そう言って舌の動きを強めるジェイド。たまらず、その頭を引き離そうと髪に手を差し入れる。
「ジェイド…やめろ…こんな事、おま…えが…」
「止めませんよ。いくら貴方の命令でもね。…貴方だって、感じているでしょう?」
その間に、明らかに身体に変調が起こった。身体の奥深くが、どくどくと息づいている。
「ジェイド、駄目だ…何だか…変に…」
「大丈夫ですよ、出して下さって。全部飲んで差し上げますから。」
ジェイドに甘く囁かれた瞬間、目の前が白くなり、自分の体から何かが迸り出るのを感じた。気が遠くなりそうな中で、あいつの声が聞こえる。
「思った通り、貴方の蜜は…極上の味ですね。」
次に目がさめた時はもう朝だった。一応夜着も着せ掛けられており、髪も綺麗に梳かしつけられていた。
…あいつがやってくれた…のだろうな。
「お早うございます、プラチナ様。悪い夢は…御覧にならなかったでしょう?」
くすりと笑って問いかけて来るジェイドに、短く答える。
「…ああ。大丈夫だ。」
体調もまあ、悪くはない。
「今日は、どうされます?」
毎朝の、いつもと変わらぬ問い。それなのに。今日は少しだけ逡巡する。本当は、兄上の参謀に会いに行きたかった。昨日の夢のことを確かめる為に。だがジェイドには隠さねばなるまい。…それなりの工作が必要か。
「今日は…ジルを連れて行くことにする。」
一瞬考えた後、そう答える。戦闘をこなす合間に工作の協力を頼むつもりで。
「わかりました。では伝えてきますよ。」
そう言ってジェイドが出て行く。…俺の様子は変に見えはしなかっただろうか。物思いに耽りながらも、身支度を整える。
「プラチナ様。ジルは自分のテントで待たせておきました。支度は整いましたか?」
「ああ。では出掛けて来る。」
テントから外へ歩み出そうとした瞬間、脇にいたジェイドに肩を抱きこまれた。
「…っっ!!」
「お気をつけて。…たまには私も連れて行って下さいよ。」
「…わかっている。」
動揺している顔色を悟られないように俯いて、慌てて慌ててその腕を抜け出す。
その日の戦闘は至極単調なもので・・・・・テントへの帰り道で俺はジルに本題を持ちかけた。明日、自分が兄達の陣地へ一人で出向くつもりである事。それをジェイドにだけは伏せておきたいという事。それをふまえた上で、明日、自分と同行したという事にしておいて欲しいと頼んだ。ジルはそんな俺にそれ以上何も問わず、ただ肯いてくれたのだった。
夕刻にテントに戻り、近くの泉で禊をする。月が中天に昇る頃、寝所に入った。
うとうとしていると、いつの間にかジェイドが隣で俺を抱きしめて眠っていた。この男に抱かれていると、何だかひどく安心する。ジェイドが俺に教えてくれようとしているものは、もしかするとこの温かい心持ちなのかも知れないと思う。随分長いことその寝顔を眺めていたが、やがて眠気に襲われ、ジェイドに身を摺り寄せるようにして眠ってしまった。
変わらぬ朝が、また巡り来る。
計画通りジルの協力を得て、兄達の所へ向かわなければ。
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