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Maskerade-01


 最近ジェイドとよく目が合う。あいつは俺の参謀なのだから、俺をいつも見張っていたとしても当たり前の事なのだけれど。いつもからかう様に瞳を覗き込んでくるから、俺は何でも無いようにすぐ目を逸らせてしまう。
 苦手なのだ、あいつのあの目は。…いつも笑えない冗談に紛らわせて本心を隠してしまうから。


「王子。どうかなさいましたか?お顔の色が優れませんが。」

 突然掛けられた声に、はっと現実に引き戻された。
 軍議の最中だったな。物思いに耽っている場合では無いというのに。

「すまない、別に大事は無い。少々考え事をしていただけだ。」

 心配させてしまったであろう部下達にそう言葉を掛ける。

「そうですか?でも、少しお休みになられた方が…。連日戦い続けて居られるのですから。」

 カロールが心配そうに俺の顔を覗き込む。確かにあまり体調がいいとは言えなかったが、部下達に気遣わせてしまうのは俺の体がこんなにも弱いせいだ。

「だが…」

 反論しかけた俺の耳にあいつの声が容赦無く響く。

「プラチナ様。御自分の体調位、御自分で面倒見て頂かないと。先刻だってどうせ寝ていらしたんでしょう?明日はお休みになった方がいいでしょうね。
…意地張って出陣したりしないで下さいよ?後始末するのはこっちですから。」

 冗談の様な口調に潜む辛辣な棘。…分かっている、そんな事は俺が一番良く分かっている。けれど、傷ついたところなど曝したくはなくて、必死で平気な顔を作った。

「…ああ。分かっている。」

 俺はもう限界なのだろうか。まだ演じられると、まだ皆の望む自分を演じられると、思ったのに。振り切る様に席を立ち、自分のテントに戻る。


 先日街で偶然兄上の姿を見かけた。兄上は…俺より数段肉体年齢が幼いけれど、元気に道路を駆けていた。その後を、兄上の参謀―――サフィルスと言ったか―――が慌て気味に追いかけていて…その様子が何だかひどく目に焼きついて離れない。

 兄上はきっと仲間達とうまくやっているのだろう…うらやんでも仕方が無いが。部下達は俺に忠誠を尽くしてはくれるが、俺はきっと彼らの期待に応えられてはいないだろう。
 いくら魔法力が強くても意味が無い。俺には…兄上のように人を惹き付ける才が無いのだろうから。


 外から声が聞こえる。

「ジェイドさん。あんな言い方は無いでしょう。プラチナ様が疵付いて居られないとでもお思いなのですか?」

「だからといってあなたに注意される謂われは有りませんよ、カロール。それに私は真実を申し上げているだけです。ついでに申しますとね、私の言葉如きで疵付く様なやわな王子様にお育てしたつもりも有りませんよ。」

「あなたは…あなたにとってはプラチナ様は只の『王子』でしかないのですか!?参謀としてずっと側に仕えて来たのなら、それなりの情が湧くものでしょう?それではあの方が余りにも可哀想です…!!」

「そんな情は私は勿論、プラチナ様も持ってなどいらっしゃらないと思いますがね。生温い関係がお好きならアレク王子の許に行けばいい。
ああ、それともそんなに気になるのなら、あなたが慰めて差し上げては如何です?そちらの方面は私はお教えしませんでしたから、あなたが教えて差し上げればいい。あの方は綺麗な体をなさっているから、きっと退屈はしないと思いますよ。翌日の予定に差し障りの無い程度なら黙認しますし?」

「はぐらかさないで下さい。何ということを…」

「まあお好きに。私は用事が有りますからもう失礼しますよ。」

 ジェイドの台詞を最後に、戸外の声が絶える。

 …聞くに堪えない。
 この常ならず聞こえる耳がこれほどに疎ましく思える瞬間は無いだろう。分かっていた筈なのに、心の奥がひどく痛む。どうしようもない気分に陥り、枕に顔を埋めた。




 どれ位時間が経ったのだろう。寝返りを打とうとして適わず、自分の身体が誰かに抱き込まれている事を知る。
 この香り…ジェイド?…まさか、な…。
 そっと瞼を押し上げてみると、俺を抱き寄せて眠っているジェイドの姿。何かあったのだろうか。この男がこんな事をするなんて。不思議と不快な気分はしなかった。

 起こさない様にそっとベッドを抜け出し、外気に触れようとテントを出た。外は満天の星空。この奈落にあって、夜の星だけは美しく輝いている。部下達も皆寝入っている様子で、物音一つしない。星を見上げていると、塞いだ気分が洗い流される様だ。川べりにゆっくりと腰を下ろして、暫く何も考えずに星影の映る水面を見つめていた。
 突然背中に暖かいマントを掛けられ、はっとして振り向くと背後に佇むジェイドの姿。
暗くて表情は見えないが、声は普段の飄々とした物だった。

「すみませんね、ベッド占領しちゃって。女抱いて酔っ払って帰って来たもんですから、テントを間違えた様です。」

「そうか。」

 女を抱きにいったのか、と少し心に引っかかったが、なんでもないように答える。

「さ、夜は冷えますから、もう御戻り下さい。お送りしますから。」

「ああ。」

 反論する気は無く、言うとおりに後に付いて行く。テントまで二人とも黙って歩いて行く。ふと、前を行くジェイドが立ち止まった。

「…プラチナ様。貴方にね、教え忘れていた事を思い出しましたよ。」

「…?何だ、それは?」

「知りたいですか?言葉ではちょっと申し上げにくいんですがね。まあ、今夜から七日もあれば教えて差し上げられますが。」

「そうか。で、俺は何をすれば良い。」

 習うからにはジェイドの望む通りに習得しなければ、と無意識に尋ねた。それに、何故だか随分と長い沈黙が返ってくる。と、突然気配が動き、背後から抱きしめられた。

「何も、ね、して下さる必要は有りませんよ。今はまだ、ね。ただ、俺に任せてくれればいいんです。」

「…っ!」

 低い囁きが終わるや否や、口唇を塞がれる。熱い…息が出来ない。必死でジェイドを押し返そうとするが、難なく封じられ、更に深く口付けられる。こんな事をして、俺に何を教える気だ…?
 随分長いこと舌で口腔を嬲られて、終いには舌を絡め取られた。背筋をぞくりと、今まで感じた事の無い感覚に撫で上げられながら、息が止まるかと思った頃、漸くジェイドが離れた。激しく咳き込む自分を止めることが出来ずに、膝が崩れ折れかけた所を、ジェイドに支えられる。

「初めてだったのでしょう?如何でしたか?」

 からかう様に聞いてくる声に返事すら出来ない。

「貴方はとてもいい。色町の女などとは違って、綺麗で、高貴で・・・・・」

 いつになく真面目な声で耳を舐め上げられ、息を吹き込まれる。心にもない世辞を、と思いながら相手の真意を汲み取れず黙っていると、いきなり身体が宙に浮いた。

「…ジェイド?」

「軽いですね、貴方は。…ベッドまでお連れしますよ。先刻占領してしまったお詫びにね。」

 答える声は又いつもの軽い口調に戻っていて。本当に掴み所が無いと思う。それから程なく柔らかなシーツの上に横たえられた。

「ああ、済まない。」

 何気なく口にした礼の言葉にジェイドが笑う。

「どうして礼なんて言うんです?無体を強いているのは俺なのに。
…まあいい。明日の夜も俺の訪れを拒まないで下さると嬉しいんですがね。」

 ジェイドが自分の事を『私』でなく、『俺』と呼んだ事に僅かに驚きつつも、黙って微かに頷く。

「では又明日。お休みなさい、プラチナ様。」

 身体の上に瞬間重みを引き受けたと思った瞬間、再び唇に掠める様に触れられた。そして下の方に移動したジェイドの唇に首筋を吸われる。

「…っ」

 瞬間痛みが走り、顔を顰めた。見上げた俺の顔を覗き込んだジェイドが笑う。

「…又明日、伺いますという証ですよ。」

 そう言い残して去る後ろ姿に、結局何を教えたかったのかは聞けず終いだった。




Maskerade-01.5


 翌朝は、休みと云う事も有ってか、誰も起こしには来ずに。俺も何だか酷く身体がだるかったので昼頃まで微睡んでいた。やはり夜中に起き出したのがまずかったのかも知れない。…とは言え、もうそろそろ起き上がらねばな。何が起こるとも分からないのだから。


「よお、起きてるか?」

 威勢のいい声を上げて俺のテントにロードが乱入して来た。心は男でありながら、外見はアプラサスの呪いのせいで女性体。それを楯に屁理屈を叩くから始末に負えない。先日などは夜中にテントでゴソゴソ音がすると思ったら、金目の物を漁っていたらしい。本人曰く『右手がワキワキする』んだそうだが…。『…夜這いって…言ったら怒る?』などと誤魔化していたが、男の部屋に夜這いなどかけて何が楽しいのか。もっとましな言い訳を考えればいいものを。

「起きている。何か用か?」

 少々頭痛がして、投げやりな返事を返す。

「ああ、…ってお前!?昨日何が有った!?何だ、それは!!」

 言うなりロードが駆け寄って来て俺の胸倉を掴んだ、かと思うとそのまま腰掛けていた寝台に押し倒された。

「!!…何だ…どうかしたのか?」

 少し驚いて顔を見上げると、ロードが真っ赤な顔をして俺の首筋を見ている。首筋に…何か有るのだろうか?

「何ってお前、痕残ってんじゃねえか。誰だァ、このロード様の許しも無くプラチナにこんな事しやがった奴は!?」

 何だかよく分からんが、ロードが何かに怒っていることだけは間違いない様だ。痕というのは一体何の事か。
 そのまま用件も言わずに走り出て行ったロードを見送った後、痕というのが気になって鏡に自分の姿を映して見る。別に異変は無い様だが、そう云えばやけに首筋を凝視していた。そう思い返して自分の首筋を眺めて愕然とした。

 鬱血した赤い痕。…これは…?
 不意に昨夜のジェイドの囁きが脳裏を掠める。

『又明日、伺いますという証ですよ。』

そう言ってあの男は立ち去ったのではなかったか。
では、まさか、ジェイドがこれを…?







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