novels index





My Precious Leaf-05


「おやおや、私達が到着する前から…」
「一人だけ緑葉の王子と懇ろになってしまうなんて、」
『ずるいよ、アルウェン!!』

 二人が談笑していた後ろから、綺麗に調和したそっくりの二つの声が掛けられた。吃驚して二人が振り向くと、同じ顔が二つ。

「まあ、お兄様!いくら私達が話に夢中になっていたからと言って、驚かせないで下さいな。」

 上気した顔で言いつのるアルウェンに、双子は顔を見合わせて明るい笑い声を上げた。

「いやいや、それは悪かったよ、我らが妹君。」
「でもねえ、やっぱり我らが来た事にも気付かない程会話に夢中になっているのを見たら…」
『妬けるじゃないか!』

 見事な二重奏にレゴラスが圧倒された様な表情を隠せずにいると、ついと双子が両側からレゴラスの腕をとった。

「さてさて。」
「僕らとしては」
『我らが妹と同様、君とお近付きになりたいんだけど!』

 左右から瞳を覗き込むようにされて、レゴラスが少々戸惑っていると、アルウェンが助け舟を出してくれた。

「もう、お兄様ったらいつもこんな感じなのよ。二人してふざけてばかりだから、全然まともに相手をしてあげなくても大丈夫、レゴラス。
…それにしても、早速レゴラスを気に入ってしまったのねえ。まあ、こんな綺麗な王子を好きになるなという方が無理だけど。」

 笑いながら言うアルウェンに、双子も笑い声を上げる。

「ひどいなあ、僕らは本気で口説いているのに。」
「我らが妹君にかかると冗談にされてしまう様だよ!!」

 そして二人の表情がふっと真面目な物になった。

「でも会いたかったのは本当だよ。僕らが何度闇の森に使者に発っても、スランドゥイル様は君を紹介してくれないばかりか、会わせてもくれないんだもの。」

 その言葉に今度はレゴラスの表情が申し訳無さそうな物に変わった。

「それは…お二人にご挨拶出来ずに申し訳ございませんでした。」

 その言葉に双子は慌てて首を振った。

「違う違う、責めてるんじゃないんだよ!」
「そうそう、いや何となく、スランドゥイル様が秘蔵の王子を独占したがってるのは分かったから!」
『ちょっと妬けたけどね!』

 双子の冗談で、又座の雰囲気が賑やかなものとなる。




 ―――独占したがっている…?父上が、私を?…そんな、筈は。
 確かに良くお側にお召しになるけれど、それは末っ子の私を心配なさっての事だと思っていた。




 ふざけ合っていた双子だが、ガラドリエルの許に挨拶に行く時の顔つきは神妙であった。

「良く来ましたね。…息災そうで何より。」

 柔らかな笑みを浮かべて迎えるガラドリエルが、彼らの額に歓迎の祝福を与える。

「時に、そなたらの父上は息災ですか?」

 ガラドリエルの問いに双子が静かに頭を下げる。

「変わりなく日々を送って居ります。」

 静かに頷き返す彼らの祖母は、そこでふっと視線を遠くに彷徨わせた。

「変わりなく、ですか…此度の事でエルロンド卿にも変化が訪れるやも知れませんよ…。」

 まるで予言を紡ぐ様な祖母の言葉に、双子は顔を見合わせた。

「…それは、どういう…。」

 ガラドリエルは二人の瞳を順に覗き込み、そしてふっと笑った。

「そなた達も既に、魂の奥底では感じ取っている筈…理解して居らぬだけです。どう転ぶのか、未来は一つきりには定まらぬが、そなたらの父御に巡る季節が訪れる事は悪い事ではありますまい。」

 謎掛けのような祖母の声に見送られて、双子の王子は与えられた寝所へと下がる。

「ねえ、どういう意味だと思う?」

「お祖母様の言っていた言葉か。…今回の事で、とおっしゃったからにはレゴラス絡みなんだろうけど…闇の森と何かあるっていう事かなあ。」

「スランドゥイル様と、か。…ってそれはいい事とは言い難いんじゃないか?スランドゥイル様は只でさえ我らが近付く事を良く思っては居られない様だから。」

「そうだよねえ…だって前に使者として出向いた時も、」

『レゴラスには会わせてもくれなかったしね・・・・・・』

 二人して、はあ、と溜め息を付くと、裂け谷の双子の王子は取り敢えず夢の小道に魂を彷徨わせる事にしたのだった。




 夜も更けた頃。
 訪れた闇の森の王子にあてがわれたフレトのある大樹の根元で上方を見上げる影が一つ。月明かりに反射する銀色の髪を風に靡かせて暫く人影はその場に佇んでいたが、やがて木の上へと通じる階段を上り始めた。

「…王子…いらっしゃいますか?」

 勿論中に彼が居る事など先刻承知の上で、微かな声で問いかける。暫くの静寂の後、中で軽く何かが動く音がした。

「その声…ハルディア?」

 フレトの中から返された応えはかの緑葉の王子のものであった。そっと引き開けられた扉からレゴラスが顔を覗かせる。

「どうしたのです、こんな時刻に?何かありましたか?」

 そう問い掛けられて、ハルディアはゆっくりと首を振った。何の問題も起こっていはしない、唯貴方と話したかっただけなのだ、とそう言うと、対する王子はそっと室内への道を空ける。

「もうお休みになっていましたか?遅すぎる時間であるという自覚は有ったのですが、明朝は又早くに国境警備に就かねばなりませんので。」

 少しだけ済まなそうな表情でそう謝るハルディアに、緑葉の王子は柔らかい微笑みを向けた。フレトの中を淡く照らし出す光が、その笑みをいっそう引き立たせている。

「起きていましたよ、色々とその…一人になって考えたかった事もあって。」

 もっとも私達エルフという種族は眠りなど無くとも生きて行けるのだけれど、と苦笑してからレゴラスはハルディアをじっと見つめた。

「国境警備…昨晩も、ガラドリエル様の許を辞されてから務めて居られたのですか?」

 ハルディアはゆっくりと肯定を示してから、声の口調を変えてぽつりと呟いた。

「ええ、何故かは分かりませんが、奥方は私を意図的にあの場から離れさせた。あの場から、というよりは貴方から距離を持たせた、といった方が正しいかもしれないが。」

 この身の内にいつの間にか生まれた感情を奥方が感じ取られた故なのか。

「不躾な問いですが、あの後何か秘密のお話でもなさっていたのですか?」

 その、言葉に。一瞬置いて、レゴラスの頬が僅かに染まる。
 ハルディアを下がらせた後にガラドリエルと話した事と云えば…父がこの体に残した印の話。…そのような事、ハルディアに言えよう筈もない。

「いいえ、…そんな、秘密の話なんて…。」

 反論しつつも瞳が泳ぐのは仕方の無い事で。そしてハルディアがその嘘に気付かぬ筈もなかった。

「王子。」

 ふっとハルディアの声が低くなり、レゴラスの顎にその片手が添えられた。軽く持ち上げられて、視線が絡まる。

「私の目を見て、言えますか、同じ言葉を…?」

 思わず目を逸らそうとしたレゴラスの瞳を、ハルディアの強い眼光が射竦めた。顎を掴んだ指の力が段々と強くなる。

「…っ…」

 痛そうに一瞬寄せられた眉。やがてレゴラスは視線を伏せたまま、苦しげに喘いだ。

「…許して下さい…ハルディア」

 ハルディアは知らず知らず力を込めていた指をゆっくりと外した。

「何も無理に聞き出そうとは思っておりません。…ただ嘘などつかず一言、言えぬ、と仰って頂ければ良いのです。」

 そう言ってハルディアはゆっくりと扉に向かう。

「夜分遅くに失礼致しました。どうぞごゆっくりお休み下さい。」

 その声の調子を随分と冷ややかなものに感じて、思わずレゴラスはその袖を掴んだ。対するハルディアが、ゆっくりと振り向く。

「何か?」

 そう言い掛けて、その瞬間彼ははっと息を呑んだ。視線の先には、体勢が変わったせいか、少し広く開いた襟元から紅色の鮮やかな刻印が。
 茫然と目を見開いたハルディアに、レゴラスは不審そうな目をしてその視線を辿る。レゴラスがその意味を理解するよりも先に、視線が当てられていた場所にハルディアは指を這わせていた。

「…あっ…」

 肌の上に直接感じる他人の肌の感触に、思わず声が漏れる。ハルディアは暫く同じ場所を指の腹で撫でていたが、不意に指を離して無言のまま立ち去って行った。

 引き止める事など、出来なかった。ハルディアが触れた場所はレゴラスにとっても充分思い当たる所のある場所であったから…。

 明日、避け谷に向かってこの地を旅立つけれど、又あの国境の警備を司る男に会うことになるのだろうか。明日会わなくても、裂け谷から又戻って来た折には。
 どんな顔をして会い間見えれば良いというのだろう。何とも言えず、気まずくてならない。結局その晩、王子の精神が夢路に憩う事は無かった。




「滞在中の御厚情に感謝致します。これよりお言葉に従い、裂け谷へ挨拶に参ります。」

 ロリアンの王夫妻の許で拝礼をし、暫しの暇を告げるレゴラスに、ふっとガラドリエルの眉がひそめられた。

「気をつけて参るように。そなた等の旅路が安らかなものとなるよう。」

 見送りの言葉を述べるケレボルンの声と同時に、ガラドリエルはレゴラスの精神に直接語りかける。

(ハルディアの事は…防げなかった妾の失態です。でも動揺する事の無いように。自分の心をしっかりと見極めて進みなさい。)

 はっとして顔を上げるレゴラスに、ガラドリエルは優しい微笑みを浮かべながら頷きかけた。




 迎えに来てくれた双子達の冗談の御蔭で、ロリアンの森を出る頃にはレゴラスの悩んでいた気持ちも随分と晴れやかになっていた。
 国境で警備に就きつつ彼らを迎えたエルフ達の長はやはり彼であったのだけれど。ハルディアは前夜の事を何も言及する事無く、ただ挨拶代わりにふわりとレゴラスの体を抱きしめて、御気を付けて、と耳元で囁いただけだった。





Back || Index || Next
template : A Moveable Feast