"Cry for the moon" index





Cry for the Moon-02
宣戦布告



「父上…」

驚いた、というより怯えた声でレゴラスはその名を口にした。
それはスランドゥイルの眼の中に、暗い怒りの炎を見取ったからか。
グロールフィンデルの胸元を掴む手に、自然と力が込められる。

まるで縋り付くようなその様を見て、スランドゥイルは忌々しげに舌打ちをした。

「いつまでそうしているつもりだ?」

言われて二人は、ようやく我に返り身体を離す。
開いた距離が寒々しく、なんとも心細かった。

「スランドゥイル様───」
「言い訳は聞かぬ」

冷淡な声で言葉を遮られ、グロールフィンデルは一瞬怯む。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
そうする事で、表面上事は収まるだろうが…そうする事は明らかな裏切り行為だ。
自分を信じて全てを預けてくれた緑葉を、こんな形で裏切り傷付けたくはなかった。

それを言えば、きっと『裏切りだなどとは思いません』と笑うだろうが、そんな事は誰よりも自分が許せない。


「言い訳、などは致しません」

「…何?」


しっかり見据え言葉を繋ぐと、、スランドゥイルは片眉を吊り上げた。
何を言い出すのかと探るような視線を受けて、あえてそれを引き付けるように、グロールフィンデルは側に居たレゴラスの腕を引く。

「あっ───」

自然と倒れ込むような形で腕の中へと舞い戻り、レゴラスは短く声を上げて頬を染めた。
それを愛しげに抱きしめて、スランドゥイルへと向き直ると、目を逸らさずに迷いなく言った。


「私は、この緑葉を何より愛しく思っています」


それは、言い訳などする事ではない───と、真摯な眼で見据えられ、今度はスランドゥイルの方が逆に気圧されてしまった。
一瞬、言葉が見つからず、瞳に微かな狼狽の色を見せる。

しかし、その腕の中で頬を赤らめ大人しく収まっている息子を見て、再び暗い衝動が押し寄せてきた。

その緑葉は私のものだ、と。

「レゴラス」

怒りを孕んだ低い声に、レゴラスはびくりと肩を震わせる。
慌てて身体を離そうとするのを腕に力を込めて押しとどめ、グロールフィンデルは改めてスランドゥイルをしっかり見据えた。

「王子は貴方の所有物ではありません」

その言葉に、スランドゥイルはギリリと奥歯を噛み締める。
瞳に浮かんだ狼狽は、今や激しい怒りへと色を変えて、目の前の二人を睨み付けた。

「それでは、所有権を主張させて頂こうか」

言うなり、スランドゥイルが大きく掌を打ち鳴らす。
すると近くに控えていたのだろう、すぐに数名の警備兵が駆けつけて来た。

「金華公を地下の牢へご案内せよ」

駆け付けた警備のエルフ達は、主の思いがけない言葉に驚き目を見開く。
相手は闇の輩等ではなくて同族の───それも詩に唄われるような貴人であり、本来ならば触れる事さえ恐れ多い金華家の宗主。
戸惑いが先行するのは当然だ。
もちろん、それはレゴラスとて同じ事で。

「父上、冗談にしては性質が悪すぎます!」

「冗談ならな、しかし私は本気だ」

さらりと言ってのけた父王に、レゴラスは顔を青くする。
戯れでない事は、眼を見れば一目瞭然だった。
思わず縋り付く指に力がこもる。

しかしグロールフィンデルは、それをそっと剥がすと「大丈夫ですから」と額に口付けを落とした。
その表情は微かに強張っていたけれど、迷いの無い優しい笑みはそのままで。
離された手が、急速に冷えていくような気がした。

「いい加減に、離れんかっ!」

スランドゥイルが、苛立ったように声を荒げる。
しかしそれさえも受け流し、グロールフィンデルはその目の前で口付けた。
今度は額に、ではなく唇へ。

それは一瞬の、掠めるような口付けではあったけれど、宣戦布告としては充分だった。
スランドゥイルの眼の中の、影の部分が色を増す。

「いい度胸だ…流石は上古の英雄だな」

憎々しげに吐き捨てると、唖然とした様子で佇んでいる警備兵へと視線を向けた。

「何をしている。さっさと牢へ連れて行けっ!」

呆然とした様子で事の成り行きを見ていたが、主の怒声で警備兵たちは我に返る。
おぼろげながらに事情を把握して、引き離そうとグロールフィンデルの肩に手かけるが、それをやんわりと払われた。

「引き立てられるのは性に合わない。…別に抵抗するつもりも無い」

両脇を固めた警備兵達にそう告げて、腕の中の愛しい緑葉を名残惜しげにそっと離す。
そして、なおも縋り付こうとする手をそっと押しやり、「大丈夫ですから」と優しく微笑んだ。

その様子に、当然抵抗を予想していた警備兵たちは拍子抜けして、いささか戸惑った様子で肩に掛けていた手を離す。

「…何を考えている?」

予想外の行動に、スランドゥイルは探るような視線で睨みつける。
けれど、グロールフィンデルはそれさえもさらりと受け流すと、右手を胸の前に当て敬礼の形を取った。

「闇の森の王の至宝を貰い受けようとしているのです。これぐらいの事は覚悟の上」

どこまでも気高い金華の英雄を眼前に、腹立たしげに拳を握り締める。
どうにか荒ぶる感情を押さえ込み、深く息を吐くと片手を挙げて警備兵に連れて行けと合図をした。

「待っ───っ!」

抵抗もせず連れられて行く後を追い掛けようとして、レゴラスはきつく手首を掴まれる。

「…父上…どうかご慈悲を…」

己の腕を掴む父王に、許して欲しいと懇願するが聞き入れられるはずも無い。
涙に掠れるその声が、余計に怒りを煽っただけだった。

「お前は自分の部屋に戻っていろ…当分部屋から出る事は許さん」

無情な父の言葉にレゴラスは項垂れる。
そして、スランドゥイルは絶望に沈められた息子を置いて、さっさとその場を後にした。

腹立たしくて、仕方が無い。
少しでも無様に抵抗を見せていれば、本気で牢へなど入れたりはしなかったものを。

それなのに、あの男は足掻くどころかこの不当な扱いを受け入れた。
屈辱さえも感じていないその様に、余計に苛立ちが増して行く。

あれは、確信している振る舞いだ。
…緑葉は自分のものだと───


噛み締めた奥歯から、血が流れた。
口の中に鉄の錆びた味が広がる。


それは“嫉妬”という苦い錆びた味だった。




◇ 睦月様よりのコメント ◇
ひゃあーーーー(汗)長らくお待たせしてしまいました!
婿殿の反乱の巻きです。でも、どうも墓穴を掘っているような気がします。
どうしてくれましょうか?!(あたふた)
目の前でいちゃつかれて、スラパパは相当ご立腹です。
関係ないのに見せ付けられた、警備兵の方々は途方に暮れておられます。
では、やな感じのところで終わってますが紫翠様、後よろしくです(脱兎)






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