"Cry for the moon" index





Cry for the Moon-01
優しい時間が終わる刻



 その黄金色の髪の使者がここ闇の森を訪れたのはつい昨日の事。裂け谷の主、エルロンドからの書簡を携えて颯爽とこの地に足を踏み入れた彼は、必ずしも其処の住人に歓迎された訳ではなかったが、シンダール族とノルドール族の長きに渡る確執を思えばそれは仕方の無い事なのかも知れない。闇の森の末子である緑葉の王子が数回裂け谷へ向かった際に多少交流が為されたとしても、闇の森は未だに他者がその内部に入る事を拒んだ。

 けれど、緑葉の王子の純粋な心根は、その時から金華公の心を掴まえて離さずに。逢瀬を密かに心待ちにしていたけれど、丁度森の巡回に出た所だということで、昨晩は会うことが叶わなかった。

 と、朝一番に森の王へ挨拶を述べ、回廊を歩んでいたグロールフィンデルの瞳に、懐かしい影が映る。回廊の先、少し離れた場所にそっと佇む探していた人影。

「…おいでになっていたのですね…!」

 形の良い唇が有るか無しかの音量でそう言葉を綴るのに、金華公は黙って頷いた。二人の距離が、縮まって行く。

「お元気そうですね。」

 そう挨拶するついでに、そっと相手の髪を梳く。
 人通りが少ないとは言え、此処は回廊。誰が来るとも知れぬ場所で、そうそう大胆に触れ合うことは出来ない。
 金華公のそんな自制の心を感じ取ったかの様に、緑葉の王子は髪を梳く金華公の手にそっと頭を委ねるに留めた。

「お逢いしたかった…」

 頬を僅かに染めながら、吐息のように囁く王子に、金華公は思わず幸せそうな笑みを満面に浮かべた。

「私も同じですよ、王子。
わざわざ自分でこの地まで書簡を届けに参ったのは、貴方に逢えるかも知れないと思ったからです。」

 耳許に唇を寄せて囁いてやると、細い肩が僅かに震える。誰も見ていなければその両肩を柔らかく抱きしめたかったが、今はそれは叶わない。
 二人はそっと連れ立って回廊を歩み始めた。




「アスファロスで此方まで?」

 グロールフィンデルに与えられた客間に落ち着くと、二人は寄り添って長椅子に腰を下ろした。レゴラスの発した問いに、ええ、と頷く。

「あの時の様に乗せて頂いても?」

 そっと問い掛ける王子に、金華公は、勿論、と優しく微笑んだ。レゴラスが裂け谷に滞在していた時、良く彼をアスファロスの背に乗せて、木立ちの間を風を切って走ったものだった。想いが通じ合ってからはそっと後ろからその腰を抱きこんで、馬上で睦言を囁いた。

「では、遠乗りに出掛けますか、王子?」




 厩までの道を、ゆっくりと歩む。
 石造りの館を出ると、直ぐに外に広がる黒ずんだ深い森の緑が二人を包んだ。太陽の光をそのまま通す事のない、暗い森だ。けれど、その闇がただ単に畏怖の対象であるだけではなく、不思議な安らぎのような物をも与えてくれると感じたのはいつの頃だっただろう。

 互いに手を取り合うようにして目的地に辿り着くと、グロールフィンデルは王子の腰を支え、愛馬の背へと乗せた。そうして一瞬後には自分もひらりとその後ろに飛び乗る。
 暗い中に、アスファロスの輝くような白い毛並みが映えて。その姿はまるで導き手のようであった。
 大蜘蛛やオークが徘徊するような場所には脚を踏み入れぬよう注意しながらも、軽やかに駆けて行く。昼だというのに、薄暗く肌寒い森であったが、馬上で密着した身体が互いに温もりを伝え合って不思議と寒さ等感じない。次第に辺りにたち込めてきた霧の御蔭で、この広い世界に今は二人だけでいるような錯覚を起こしそうであった。

 さり気無く、王子の腰を抱きこむ力を強めた金華公の唇が、その耳許にゆっくりと触れる。途端にびくんと肩を震わせたレゴラスは、上体をそっと反転させて金華公の顔を覗き込んだ。その揺れる翠色の瞳に誘われるように、互いの影が隙間無く重なった。

 言葉など、発する必要さえなく。ただすぐ傍にある相手の温もりと触れ合うことで想いが伝わる。奪い合うような激しい口付けではなく、触れるだけの、啄ばむような優しい口付けを何度も交わして。
 随分と、時間が経った。

「王子…私の緑葉の君…」

 恍惚として縋りついてきていたレゴラスに、金華公は優しく語り掛ける。

「名残惜しいですが、スランドゥイル王が心配なさいましょう…そろそろお戻りになられなくては。又私と共に、こうして出掛けて下さいますか?」

 王子の首が確かに肯定の意を示すのを確認して、グロールフィンデルは互いの間に僅かに距離を取った。主の意思を汲んだのか、アスファロスがその駿足でもって館の方向へ駆け戻って行く。




 常時誰か見張りのエルフがいるべき厩に、今は誰の姿も見えずに。どうしたのだろうと思いながらも、二人はそのまま馬を下りた。先に下馬したグロールフィンデルが、レゴラスの方に向かってそっと腕を差し出す。
 勿論レゴラスとて馬は扱い慣れており、一人で乗り降りを出来はしたが、彼は素直に差し出された腕を取った。ふわりと抱き上げられ、一瞬の後には愛しい相手のすぐ傍らの地面の上へ。

 そうして。しばしの間又別々の存在になってしまう事を惜しむように。
 誰も見てはいないと思ったからか、二人の影がゆっくりと重なった瞬間、人気のなかった厩の扉に燭台をかざした人の影。はっとして二人が振り向く。足音さえ立たぬエルフという種族故か、相手がこんなに近くに来るまで、気付くことさえ出来なかった。

「父…上…。」

 大きく瞳を見開いたレゴラスが、茫然と現れた人影の名を呟く。
 二人と対峙する森の王の細められた瞳には、燃え盛る焔が宿っていた。




◇ 牙月のコメント ◇
トップバッターでかなり緊張して居りますが、改めまして今晩は。
今回の私のパートは”嵐の前の”といった感じの妙に甘い部分でございますが、この後睦月様の鬼畜なスラパパが炸裂して下さる事でしょう(笑)
そしてその鬼畜ムードを壊さないように、次こそ私も鬼畜シーンを。






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