Cry for the Moon-03
捩れた糸
自室で謹慎せよと父王から命じられて早数日。
地下牢へと連れ去られた想い人の事をいくら案じようとも、父王の命令は絶対である。室の前には常に見張りのエルフが控え、王の命令を遂行していた。その気になれば見張りのエルフを倒して地下牢を訪ねる事も不可能ではなかったが、何故かその気は起きずにいる。それは父王に対する一種の畏怖にも似た感情の現れであったのかも知れない。
けれど…。あの時烈火の如き怒りを見せた父親は、あれから一度もレゴラスの前に姿を見せていない。側仕えのエルフを通じての叱責も、命令も何も無かった。
初め、父王があのように怒ったのは、自分の想い人が闇の森と敵対に近い関係にある裂け谷のエルフだからだと思っていた。だが、そのような政治的な意図であるならば、父王のこの長期にわたる沈黙は不可解だ。
時間になると、一人分の食事とワインが扉の隙間から差し込まれる。あまり食欲も湧かぬし、エルフという生き物は数日間食べずとも平気ではあるのだが、レゴラスは少量でも口を付けるようにしていた。…それを差し入れさせる事だけが現在の自分に感じ取れる父王の意向である気がして。
今日も静かに押し開けられた扉から細く光が差し込み、次いで食事を乗せた盆が差し込まれた。そのまますぐに扉が閉まろうとするのに、レゴラスは縋るように掠れかけた声を掛ける。
この状況に置かれてから彼がこんな行動に出るのは初めての事であった。
「待って…」
悪くすればそのまま無視して扉を閉められるだろうか、とも思ったが、扉の向こうの相手は機械的にではあるが返事を返して来た。
「何か?」
声を聞いて、父王の側近のうちの一人の顔が思い浮かぶ。
ああ、今の見張りは彼だったのだ、と妙に冷静に脳が働いた。
「…父上は、どうしておいでです?」
決死の思いで発した問いには、「どうとは?」と無機質な答え。
「…お会いしたいのです、父上に。取り次いではくれませんか?」
自分の声が震え始めているのが感じ取れる。固い沈黙が続いた数秒間が、随分と長く思えた。
「お伝えは、しておきます。」
返されたのは、やはり何の救いも感じられぬ声音ではあったが、それでも閉ざされた世界に一筋の道が出来た気がした。
そして、又次の食事が差し出された時。いつもと同じ様に無言のまま閉じられるかと思われた扉から、事務的に一言のみが伝えられた。
『食事が済んだら自室に来るようにと王が仰せです。』
冷たく凍るような色を浮かべた回廊の柱が自分の身に迫って来るように感じられる。燭台を手に案内をするエルフの後に続いて歩みながら、妙な心地がしてならなかった。
自分は仮にもこの森の王子であり、案内など居らずとも父王の部屋へは頻繁に行っていた。たとえ視力を奪われたとしても、聴力を奪われたとしても、難なく辿り着けるであろう場所の一つであるのに。どうして自分は今、取次ぎを介して面会を願い、あまつさえ案内されて其処へ向かっている…?
館の最奥、最も豪奢にして重厚な室の扉の前。案内役のエルフがノックをして扉を開け、レゴラスを導き入れ、森の王に一礼してから静かに下がって行く。
久方振りに入った父王の室には、以前は感じられなかった重苦しい空気が立ち込めていた。求める姿は執務机には見当たらず、視界を巡らすと、此方には背中を向ける形で寝椅子にくつろぐ姿が目に入る。
私が来た事に気付いている筈なのに、此方を見ようともなさらない…。
近付いて話しかけるべきか、それともこの戸口付近で話すべきか、そんな事にさえも途方にくれてしまう。それに、自室で父王に言うべきことを色々と考えたというのに、今は…頭の中が真っ白だ。
「…何用だ。」
不意に耳に突き刺さる、聞いたこともないような冷たい声音。何か答えなければ、と思うのに、喉の奥が貼りついてしまったかのように息が苦しくなる。
「…どうか、お怒りを鎮めて下さい。」
やっと搾り出した嘆願の声音にも、父王の顔が此方に向けられることは無い。
「…私が、何に対して怒っていたか、分かって居るか。」
低く投げ付けられた問いに、又もや何と答えて良いのか分からずに。頭の中で出来かけている答えには、幾分かの矛盾が生じていた。
「……。」
沈黙したままの息子に、スランドゥイルも更なる言葉を発する事無く、ただ手酌で注いだ酒を次々と飲み干して行く。
「…分かりません、父上。一人でいる間、ずっと考えていました、でも…分からないのです…。」
話にならぬ、とでも言いたげな短い溜め息がスランドゥイルの喉から漏れた。乾いた笑い声がそれに続く。
「まあ良い、分からぬとしても別段支障はないわ。…ああ、そなた…あの男のことが気になるか?」
自分からは何となく言い出せなかった話題を父王の方から振られて、レゴラスは僅かに目を見開いた。あの男、というのが裂け谷からの訪問者を指していることはもはや明確で。
「教えてやろう、わざわざ此処まで来たそなたの気力に報いてな。…あれからずっと、大人しく地下の牢に閉じ込められておるわ、飲まず食わずでな。ああ、未だ拷問などにはかけておらぬ故、安心するがいい。」
何と言うことであろうか、仮にも外からの使者にそのような事を…。あの時の父王の言葉は冗談だとは思われなかったが、一晩もすればその激情も収まってくれるものだと思っていた。
驚愕を露わにしたレゴラスに、今までずっと背を向けていた父王がゆっくりと立ち上がり、視線を向ける。
「ふ、信じられぬ、という顔をしておるな、だがまことだ。」
そう付け加えた父王の顔にはぞっとする様な冷たい笑みが浮かんでいて。レゴラスは無意識に扉へと後ずさりながら対峙した。
「…ですが父上、グロール…いえ、金華公は裂け谷より遣わされた使者です。そのような事が知れれば波風が立ちましょうに…。」
震える声音で発せられた言葉に、スランドゥイルは一歩歩みを進めながら口の端を上げる。
「遠慮せずに名を呼べばよい、普段から呼んでおったのだろう?不覚にも私は知らなかったが。…裂け谷との波風など、今更どうでも良いのだよ。」
語り終わって、又一歩。詰められていく距離に、何故だか恐怖を感じた。
「どうか、その様なことはお止め下さい。」
自分の懇願の声が、我ながら空しく聞こえる。
「出来ぬ相談だな。このままでは私の気が収まらぬ。せいぜいあの男には私のこの憂さを晴らしてもらうことにしよう。」
もう何も言えずにただただ首を横に振る息子に、追い討ちをかけるかのように父王の声音がかぶせられた。
「ああ、それとも。そなたが私の玩具になってくれるか?」
◇ 牙月のコメント ◇
遅くなってしまいまして申し訳ございません、リレーの2ターン目でございます。
…グロが出て来ません;;(彼の早急な活躍を期待して下さっていた方、も、申し訳無い…!)多分暫くは鬼畜な父上の独壇場(?)になるのかしら。(聞くなっ)
その手のシーン迄行き着きませんでしたが、一応鬼畜な章の序盤という事でお送りしました。(ラジオ番組でもあるまいし…(笑))
微妙な所で終わっておりますが、睦月様、バトンをお渡しさせて下さい。
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