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蘇生 -04-





 再び意識を取り戻したのは窓から差し込む月の光のみが視界を照らす部屋。
 蘇生を受けた時はあまりに急に色々な出来事が起こってとても周りを見渡す余裕が無かったけれど、これは先程と同じ場所だろう。
 置いてある調度品、壁際の棚に置かれた巻物、すべらかな手触りの寝台…此処は紛れも無く吹雪の私室であるのだ、と確信を持った。

 かつて長い時間を彼の傍らで過ごしたけれど、その場所を知ってはいても彼自身の私室には一度も立ち入ったことが無かった。
 執務上の用件がある時はいつも控えの間で済ませたから。
 …そして彼が私の身体を求める夜は、私が彼を訪なうのではなく、彼が私の私室へと忍んで来たのだ。
 吹雪は元々一線を越えて自分の世界に踏み込まれるのを嫌う人だったから…私も敢えて此処へ入ろうとはしなかった。

 室内に私以外の姿は無く、私を捕らえる目に見える鎖も足枷もありはしない。
 それでも、この寝台の周囲に微かに漂う結界の気配…きっと触れたならばこの身に鋭い痺れを与えてこの場から逃がすまいとするだろう。

 ああ、そうなのかとその瞬間に理解した。
 今になって初めて彼が私を私室へ招き入れたのは、人知れず私を閉じ込めて置くのにこの上なく適した場所だから。今や壬生の最高権力者に最も近い地位にある吹雪の私室にみだりに立ち入ろうとする輩など居よう筈も無い…そう、壬生へと反逆した者達以外には。

 身体中に疼くような痛みが満ちる。
 そうだった、命を再び吹き込まれた次の瞬間に私は彼に抱かれたのだ、と今更ながらに思った。
 死の病を患っていた頃のあの痛みとは別種の痛み…嘗てはこの痛みすらも幸せに思えたのだったか。昔からあまり優しく抱かれた事など無かったが、今宵の吹雪は…いつにも増して押し込めるように感情に蓋をして、言うなれば無感情のまま、幾分乱暴さを含んだ激しさで私を貫いた。
 あの行為は…一体何を意味しているのだろう。



 結界を解こうとすらせずに暫くぼんやりと過ごしていた私の感覚が、ふっと状況の変化を捉えた。
 誰か、人の気配が近付いて来る。
 …これは…吹雪と…それからもう一人はひしぎ…だろうか。
 二人の気配がその動きを止めた場所は恐らくはこの隣室。声は聞こえぬまでも、気配は思いの外近くにある。
 時刻は未だ夜中の筈…この様な時刻にひしぎを呼び出すほどの何か大事が起きたのか、そしてそれは即ち狂達の一行に関わりがあるのだろうかと神経を研ぎ澄まして。

 …けれど、次の瞬間には。
 意識して様子をうかがうまでもなく、隣室に二人が居る訳が否応無しに理解出来てしまった。
 政治的な大事などでは無い、伝わって来るこの大きな熱の様なものは…二人が隣室で抱き合っているその興奮の飛沫。

 ―――嘘だ、この様なこと、私のさとりの能力が妙な幻を見せただけだ。

 一瞬思わず思考が現実を拒絶する。
 本当は、分かっているけれど。
 大きな興奮状態にある時、人は己の感情を無意識の内に解き放つ。…心の深淵から、表面へと浮き上がらせる。
 だからこれは、幻などでは無く…紛れも無く現実であるのだと。

 気を失っているうちにどれ程の時間が経ったのか分からないけれど、私を抱いたその数刻後に今度はその隣室でひしぎを抱くというのですか、吹雪。

 吹雪が先刻私を抱いた折、然したる抵抗をしなかったのは、そうする理由が無かったから。
 私は変わらず貴方を愛しく想い、その心だけは貴方に知って欲しかったから。
 そんな私を貴方は抜け殻だと称した。

 何と…惨い。
 今になって一つの考えが頭に浮かぶ。
 貴方が私を蘇らせたのは、多少なりとも私に執着してくれたが故では無く…貴方を裏切る形となった私にその報復をする為だったのか。
 お前などもう俺の中ではどれほどの存在でも無いのだと、そう見せ付ける為にこんなことをして見せるのですか。

 あのまま誇りを持って死に出の旅に出ていた方がどれほどに楽だったかと絶望のみが深まっていく私とは逆に、隣室からの気配は更なる熱の高まりを迎えて。

『吹雪―――!!』

 それが絶頂を迎えた瞬間、私は思わず自らの身体から迸りそうになる念を抑えるのに必死だった。



 すぐに続きの部屋だという事もあり、彼がいつこの自室へと入って来るか知れず、かつ今の千路に乱れた心では彼にどんな顔をして接して良いのかすら分からずに、ただ寝台に横たわって隣室の様子を窺う。
 もしも吹雪が来たならば何も気付かずに眠っていた振りを、と心に決めて。

 自分が一体何をどうしたいのか分からない。
 吹雪の心をもう一度此方に向けさせたいのか。
 このまま息絶えてこの世からの解放を望むのか。
 それともこの結界から出て、吹雪の事など忘れてもう一度生命の炎を燃やしたいのか。

 いつの間にか一人になった隣室の気配がゆっくりと此方へ近付いて来る。
 細く開かれた扉から室内に僅かな明かりが差し込むのと、ふっと嘲笑う様な吹雪の溜め息が発せられるのが同時だった。

「…籠の中の眠り鳥はお休みのままか。まあ良かろう、時間はこの先いくらでもあるのだからな。」

 声に出して低く呟かれた独り言が心に痛い。
 私が二人の行為をさとった事に吹雪は気付いているのか。あるいはそれには気付かぬまでも、永遠にも思えるほどの時間を掛けて、私をじわじわといたぶり苦しめてくれようと思ったのか。

 我知らず伏せた目頭が熱くなり掛けた時、寝台に上がって来た吹雪の重みでそれが低い軋みを上げた。
 静かな腕に不意に身体ごと引き寄せられ、思わず息を呑みそうになって、自分は今意識の無い人間の振りをしているのだと意識して身体の力を抜く。
 この上今宵更に何かをされるのかと心は震えていたけれど、予想に反して吹雪は意外な優しさでもってこの身を抱きしめ、やがて眠りへと落ちていった様だった。

 何が本当で何が嘘なのか、彼の心が何処にあるのか。
 残酷さと優しさの入り混じった彼の行動を見ていると、それが全く掴めない。
 思考に沈んでいる間に時間が過ぎ去り、結局私が一睡もする事無く夜明けの気配を感じ取った頃、吹雪は静かに身支度を整えて室を出て行った。





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