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蘇生 -02-





 ―――未来を、託しましょう。
 この身体はもうこれ以上に持ち堪える事は出来ないけれど、私の志はきっと未来を担う者達の精神に受け継がれると信じています。永かった生が終わるのだとしても…こうして私の愛しんだ者に送って貰えるのなら本望。
 我が儘を言うならば…冥土の途を歩む前にもう一度会いたかった相手が居ないわけではない。けれど、今となってはもう互いに会い見える訳にはゆかぬと…その様な望みは当に捨てていますから。

 まるで大気に包み込まれて行く様に、自分の存在が徐々に溶け出して希薄になっていくのが、最後に残った記憶だった。
 二度と目覚める事の無い永い眠りが…私の前には横たわる筈だった。

 …けれど…何処からか強い声に呼び寄せられ、散り散りになった存在が再び一所へと凝縮を始める。
 与えられる熱、そして身の奥から規則正しく響き始める鼓動。
 ああ、こんな事が出来るのは、私が知る限り彼しかいないけれど。
 混乱した思考を抑制するが如く、動き始めた意識を何か混沌としたものに呑み込まれた時、強い思念に名を呼ばれた様な気がした。



* * *



 光が…朧げでありながら同時に鮮烈な光が遠くに見える。
 自分がたゆたっている場所は闇色の沼の様な場所。
 急激に身体が浮上する様な感覚があって、急に視界が開けた。

 どちらかといえば薄暗い部屋、そして視線を巡らせた先にはかつて誰よりも傍に居た相手の姿。

「…何故…私の身体はあの時滅びた筈なのに…」

 思わず言葉が唇から零れ落ちた。
 …吹雪の心中の声が即座に答えを返して来た通り、私が此処に今在れる訳はもう既に分かりきっていたけれど。

 ―――吹雪。
 そう、こんな術を使える者は壬生の中でも貴方だけ。
 貴方が…私を蘇生させた。
 私は、貴方と袂を分かったのに。
 地下迷宮の希望の幼子を連れて、壬生を去った者なのに。

 疑問ばかりが心に溢れる。
 …吹雪…私のこのさとりの能力など何の役にも立ちはしない。
 表面に浮かんだ些細な感情を読み取るだけで、今も…そして昔も私には、貴方の本当の心が掴めないままなのだから。

「俺が与えた命だ。…二度と…袂を分かたせはせぬ…その命、俺の為に使え。」

 低く呟かれた言葉は、一種宣告にも似て。
 いつでも対等な間柄であった私達―――かつて彼にこうした口調で言葉を掛けられた事が無かったが故に、奇妙な戦慄が背筋を駆け抜けるのを止める事が出来なかった。

 …もし、私が。
 再び与えられた命を今一度狂やその仲間達の傍で過ごしたいと言ったなら…貴方は一瞬の内に私をまた闇の底へと屠るのだろうか。

 沈黙を迷いと受け取ったのだろうか、否定と受け取ったのだろうか、吹雪の眼差しが鋭くなる。

『そんなにあの鬼の子が愛しかったか。』

 言葉ではない思念で彼は伝えて来るけれど、私の思考を貴方が読み取ってくれることはない。
 言葉にせよと言いたいのですね。

「…お別れする前にも言った通り…私にとってあの子は希望なのです。愛しかったかと問われれば確かに愛しかった。でも…」

 嘗て貴方と共に夜を過ごしていた頃に、いえ、今でも尚心の奥深くで貴方に対して持っている感情とは異なるもの、とそう伝えられるのならば伝えたかった。
 しかし最後まで言葉を発する事を許されはせず、不意に身体の上に感じた吹雪の身体がもたらす熱が、そして圧力が私の思考を奪う。

 まるで何年もの空白を埋めるが如くに性急に求められる感覚。
 確かに彼にこうして求められる事が嬉しいと感じる私がいるのに、同時に不可思議な不安が胸につのった。
 私達の間に有った筈の何かが大きく変わってしまうような、そんな不安が。

 ―――ああ、どうしてこんなに不安なのだろう。
 もうずっと昔に初めて貴方の腕に抱かれた時は、その腕の中以上に安らげる場所などこの世には存在し得ぬと思える程にこの心は幸せに満ちていたのに。
 私が犯した罪の…これが報いだというのだろうか。長であったあの頃に、正しく一族を導けなかった私の。

「…抵抗すらすることなく、一体何に想いを馳せている。」

 不意に愛撫を止めた吹雪がそんな言葉を掛けて来て、同時にその心の表面が意図的に空白に作られていることに気付いた。
 そういえば、昔から貴方は私の能力で心を読まれる事を嫌っていたのでしたね…そしていつの頃からか完全に心の声を聞こえぬ様に制御する術を身に付けて。
 ”さとり”の力に普段それほどまでに頼っているつもりは無かったけれど、今はそれが効かぬ分、更に不安がいや増してしまう。

「抜け殻の様になってしまったとて構わん。お前が俺の手の内にあることに変わりは無いのだからな…。」

 低く囁かれた言葉に心が痛んだ。
 私は抜け殻ではない、心もこうして身体の存在するその同じ場所に宿しています。でも…貴方にそんな思考を持たせてしまったのは、私の咎ですね。
 思い出されるのは昔のこと…悔やんだとて、もう変えようも無い過去の事。勿論狂に希望を託した事には、一片の心の翳りも有りはしないのだけれど。





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