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蘇生 -01-





 喪失はまるで砂の城が崩れる様にゆるゆると。
 そしてその生命が完全に消え失せた瞬間は稲妻の様にはっきりとこの身に伝わった。


 ―――反目する立場に身を置くようになって尚、ずっと変わる事無く愛していたのに…我らの一族の時間を以てして未だ幼い頃からずっとその半身であるのはこの俺だと信じていたのに…お前はあの鬼眼にその生命を託すのか。
 あの需子の為にその生命を使い果たして見せるのか。
 この世を去り行きし瞬間にその心にあったものは…ただあの鬼眼への我が子へ向ける如く大きな愛情と…壬生や人間の未来への希いだけであったのか。
 村正―――!!


 胸の中の動悸は治まる事を知らず、誰にも気付かれぬ様にと気を配りながら壬生の居城を出る。
 村正が生きていた折は結界で隠されていたのであろうその居所は、今ではもう何の障害も無く感じ取る事が出来た。

 人目を避けるが如くひっそりと山奥の木々の間に佇む閑静な屋敷。
 故人がその死の直前まで丁寧に手入れしていたであろう美しい庭の草花。
 その場所へと辿り着くのにさして時間は掛からない。
 そう遠くは無い場所に鬼眼の狂やその連れの気配が感じ取れたが、今はそちらを追う気にはなれなかった。
 俺はただ村正に…たとえそれが変わり果てた姿であろうとも村正に逢いに足を運んだのだから。

 喪失を感じたのはつい先程…息を引き取ってからさして時間は経っておらぬだろう。残された気配は動かず、煙も何も上がっていなかった事から察するに、亡骸は未だそのままの状態でこの地にあるという事なのか。
 それならば何故鬼眼達がその弔いもせぬまま去ったのかが解せぬ所だが…。
 しんと静まり返った屋敷の中に足を踏み入れて殆どの室を回ってみるも求める姿は瞳に映らず、まるでその想い出の縁の様に彼の作である何本かの刀だけが奥の室に掛けられていた。
 尤も彼の四大傑作と言われる作品は…其処にありはしなかったけれど。

 室内に亡骸が無いのなら、まさか庭にあるのかと外へ踏み出した瞬間。不意に身を包んだ懐かしい気配に我知らず涙ぐみそうになる。


 ―――此処に、居たのか。
 死した時には粉となって風に消えてしまうなど、何ともお前らしいではないか。
 身体の原型を留めぬほどに消耗して死したという事は、彼自身がそれを望んで命懸けの仕事をしたということ…それが何であるかは想像に難くない。
 大方はあの鬼眼に自分の持てる全てを教えてやったのだろう。


 許さぬ、と不意に思った。
 俺を残して独り他の者を想って先に死に逝くなど許さぬ、と。

 いつの間にか握り締めていた拳に力が篭る。
 己の命の脈動が、強烈な熱となって其処に宿った。
 そう、この手で彼に今一度生命を吹き込んでみせようと明確な意思を持って。
 どくんと大きく脈打った血潮が蘇生の成功を告げるのと、未だ意識を失ったままの村正の身体の重みが俺の腕に預けられるのが同時だった。

 目が覚めたら、お前はどんな顔をするのだろうな。
 幼い頃の様に『貴方ならそうしてくれるだろうと分かっていましたよ』と笑うのか…あるいは無理矢理に命を呼び醒まされてしまったと哀しそうに俯くのか。

 我が蘇生術は生前の記憶や能力を何一つ欠如させる事無く蘇らせる為の術。俺が分け与えた生命…此度こそは俺だけの為に使わせてみせようと胸の内で凶暴な声が囁く。
 二度と傍から離しはしない。
 例え鎖に繋がねばその存在を留めて置けないのだとしても、そして彼が何より自由を奪われる事を嫌うのだと知っていても。
 …俺は迷う事無く鎖を手に彼を縛るだろう。

 力なく身を預けたままの村正をしっかりと布で包んで、彼の住まっていた隠れ家を後にする。
 村正の気配に親しんで寄って来たのであろう動物達が再びその気配が連れ去られようとする段になって哀しげな鳴き声を上げたのが、何故か心に隙間風が吹き抜けるが如くに空しく感じられた。



* * *



 村正を蘇生させた事、我が許に連れ帰った事、どちらも誰にも伝える事無く秘密裏に自室に戻る。
 自らの寝台に彼の力を失った四肢を横たわらせ、傍らに腰掛けて何をするでもなくその青白い顔を眺める事数刻―――やがて不意にその伏せられた長い睫毛が揺れた時、思わず息を詰めずにはいられなかった。

「………」

 うっすらと開けられた瞳は薄暗い室内の様子をぼんやりと眺めて。
 やがて俺の存在を認めると驚愕に大きく見開かれた。

「…何故…私の身体はあの時滅びた筈なのに…」

 お前は知っているだろう、村正。命を再び吹き込むことが俺の生まれ付いての特性であるのだと。
 …それとも…それをお前に使う筈など無いと思っていたか…?

「貴方と袂を分かった私を…何故…」

 『さとり』であるこの男の近くに居る時は昔からいつも極力考えを意識の表層へ出さぬ様にしていたが、今は故意に考えを相手にぶつける。
 果たして村正は困惑を隠さぬまま、そんな言葉を呟いたのだった。

「俺が与えた命だ。…二度と…袂を分かたせはせぬ…その命、俺の為に使え。」

 明確な言葉の形をとって俺の口から漏れた感情は、目覚めたばかりの村正の表情を強張らせるには十分で。
 かつては誰より傍に在れたものを、いつからこれ程までに遠く心が離れてしまったのかとほろ苦い感情を覚えずにはいられなかった。





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