My Dearest - 07
銀の帝王
「お加減は如何かな。」
シリウス達が病室を去ったその全く同じ日に、は意外な客をその部屋に迎えた。
「初めまして、と言うべきなのかな…?
ブラック家のご息女ともあろう者が私の事をご存知無い…?」
僅かな皮肉を込めた話し方、それでいてこの上無く優雅に映る立ち居振る舞い、例えスリザリンの寮生で無かったとしても知らぬ者はいないだろう。
…彼の家を取り巻く黒い噂も、生粋の魔法族であれば知らぬ者はまず居ない―――――の如き境遇に生まれた者であれば彼に対して幾分かの警戒心を抱いたのは致し方の無い事だった。
「ルシウス・マルフォイ…私の名だ、以後お見知りおき願いたいものだな、ミス・・ブラック。」
肩を強張らせたままのの様子に気を悪くする事も無く、ルシウス・マルフォイはゆっくりとベッドサイドの椅子へと腰を下ろす。
「あの…何か…?」
これまで口をきいた事すらない彼が突然病室を訪ねて来た事で、の頭の中に様々な予測が駆け巡る。
…この前のクイディッチの時の失態を諌めにいらしたのだろうか。
それとも、私の出自の事を何らかの筋から予測をつけて…?
完全なポーカーフェイスを保ちつつも見舞いを受けた患者とはとても思えぬ風情のに、ルシウスが微かに笑った。
「…ただの見舞い客とは思って頂けぬ様だ。
流石名家の血筋、と申し上げるべきだろうな。」
―――――名家の血筋…?
ブラック家の事を言っている…?
それとも、私の本当の姓を知っているのだろうか…?
「―――――また、伺おう。
未だ数日はこの医務室から出て来れぬだろう…?」
彼が此処に来てから口にした言葉はただ私への見舞いと、自己紹介だけ…それだけが目的でわざわざこの様な場所まで足を運ぶなんて、有り得ないのに。
立ち去り際に不意に片腕を取られ、その手の甲に滑らかな、それでいて乾いた感触を受けて驚く。
それが貴族達の間では常識である退室の折の挨拶だという事に一瞬遅れて気付いた。
「…手への口付けさえ拭われるのではないかと危惧していたが…杞憂だった様だ。次を楽しみにしておくとしよう。」
そんな意味深な台詞を残して彼が立ち去るのを、は呆然として見送る他無かった。
次の日も、その又次の日も。
ルシウス・マルフォイはまるで日課の様に医務室を訪れた。
それは決まってその部屋に他に誰も居ない時間帯で、言葉少ないに対して二言三言言葉を掛けて去って行くだけで。
彼の家柄に関わる危険性を身に感じはしなかったが、依然として彼の目的は知れぬままであった。
彼が口にする話題は専ら魔法省の高官達の事で、はただ聞き役に徹するのみであったから。
彼の話題に対して私がどんな反応を返すのかを見ているのかしら?
例えば…この身に流れる血に受け継がれた力を使って、魔法省に何かをする気でいるのかどうか探ろうと…?
例えば、私がいずれ彼の役に立ちうる人間かどうか見定めている…?
―――――いずれにしても。
私はこの血にまつわる秘密を知られる訳には行かない。
それはラウロス小父様が今は亡き父との約束を果たして私を守って下さったそのお気持ちを無にする事に他ならないのだから。
ルシウス・マルフォイはもう最高学年…あと一年間隠し通す事が出来れば、卒業後の接点は無きに等しいだろう。
もし家絡みでの謀を仕掛けられる事があっても、学外でなら何とでも対処の仕様がある。
「―――――難しい顔をしておいでだ。
何か、心を悩ます事でも…?」
既に聞きなれたとも言える低い声。
「マルフォイ先輩…」
吐息の様に呟いたへ、ルシウスは微かに唇の端を上げた。
「初めて私の名を口にしたな。」
そんなつもりは無かったが、言われてみればそうであったかも知れない…彼はいつも、の言葉を求める事無く場を立ち去ってしまうから。
「…今日は貴女に一つ頼みがあって此処へ来たのだが。」
驚いた事に少し声のトーンを落としてそんな事を言いながら、ルシウスは普段腰掛ける椅子ではなく、が半身を起こすベッドへと腰を下ろした。
―――――自然、二人の距離が近くなる。
寝台の上で思わず後じさったの腰を、ルシウスの腕が抱え込む様に止めた。
「逃げずに聞いて頂きたいものだが…?」
束ねていない白銀の長髪が、もう少しでの頬に掛かりそうである。
「逃げてなど…」
震える声で答えるのがやっとで、その言葉尻を奪うかの如くに仕掛けられた行為に抗う術は無く。
気がついた時には寝台に上体が倒れ、唇に自分ではない肌の感触が覆い被さっていた。
「こうして毎日訪ねているというのに、貴女の態度は相変わらず冷たいまま…まるで仕事の相手と接しているかのようだ。
この様に性急な事をするつもりは無かったが…少々焦れた。」
唇が離れた後、まるで日常の会話の一つの様にそう言うルシウスへ、思わずはきつい眼差しを向けた。
―――――”仕事の相手と”…?
貴方が私に近づいてきたのは、紛れも無く”仕事”、いいえ、”家”の為でしょう…?
貴方のお父様に何を命じられたのかは知らないけれど、こんな事をしても何の意味も有りはしないのに。
「何を、お望みなのですか。」
自分でも明らかに尖っていると分かる発音で発せられた言葉に、ルシウスがふっと口角を上げる。
「…たった一度の口付けに腹を立てる程子供では無かろう…?
それとも、それが貴女の”仕事相手”に接する時の姿かな?」
返事を返さぬにルシウスは僅かな間の後、言葉を続けた。
「…宜しい、貴女の目は誤魔化せぬ様だ。
確かに私は父の命令で貴女に近付いた。
卒業後に備えて”名家の子女と近付きになっておけ”とね。
ご満足かな…?」
満足かって…?
満足な筈が無い、この男と近付く事は随分と危険性を孕んでいるのだから。
「頼みというのは…件の夜会にご一緒頂けないかと思ってな。」
けれど次に相手から発せられた言葉は意外な内容で。
「夜会…?」
何を指しているのか理解出来ずに思わず問い返したに、ルシウスがふっと笑んだ。
「クリスマスに又この城で夜会が開かれるそうで、な。未だ一般の生徒には伏せられている故、貴女が知らなかったのも無理は無いが。
ご承諾頂ければ私も父の命を果たせ、貴女も何らかの得が有るのでは…?」
語尾を濁した所がこの名家の御曹司の利口さだろう。
確かに『ブラック』という姓を受ける前の事を考えれば…マルフォイの家の事を僅かなりとも知る事は即ち敵を知るという事―――――危険性はあれども、有益であろう。
それは向こうにとっても同じ事なのだろうが。
「もし私が断れば、どうなさるのです…?」
何気無く問い掛けた言葉へ、ルシウスは低く笑った。
「私の知る限り、貴女は最後にはきっと受けて下さると思うのだが。
…まあ断わられた腹いせに何かをする様な無粋な真似はしない。」
発せられたのは少し意外な言葉。
この男には目的の為ならば手段は選ばぬ、といった印象が強かったから…勿論今の言葉は単なる社交辞令なのかも知れないけれど。
「―――――お受け致します。」
自分でも、何故そんな言葉を発したのか分からない。
”断る”でもなく、”少し考えさせてくれ”でもなく。
「光栄だな、。」
直後にファーストネームでそう呼び掛けられて、不覚にも肩が震えた。
「パートナー同士となる人間が家名で呼び合うのも妙だろう?」
何でもない事の様にそう続けたルシウスは、いつもの様にそっと手の甲に口付けを落としてから立ち去って行ったのだった。
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