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My Dearest - 08
崩れそうな均衡





が医務室から出て来て数日。
表向きは以前と異なる所は全く無い。
相変わらず食事時にはジェームズ・ポッターがスリザリン寮生であるをグリフィンドールのテーブルに招き、の方も僅かな笑みを浮かべながら彼らとの時間を楽しむ…違っている所が有るとすれば、それはスリザリンの寮生達のを見る目が刺々しくなった事であろうか。
それが果たして『先のクイディッチの試合でスリザリンがグリフィンドールに勝ちを譲ったのは・ブラックの”狡猾さ”が足りないからだ』と彼らが思ったが故か、それともスリザリン寮内でさえ人気のある悪戯仕掛け人達と仲睦まじくしているのが気に障るからかは定かではなかったが。
ちなみにブラッジャーを嗾けたスリザリンのビーターからは詫びの言葉の一つも、見舞いさえも有りはしなかった。
思い返せばスリザリンから見舞いに訪れてくれたのはあのルシウス・マルフォイ唯一人であった事を今更ながらに思い出す。

(極力目立たない様にして来たから、誰も訪ねて来ないのは肯ける。
でもそれならどうして、マルフォイ先輩は私の所に…?)

一旦考え始めると思考が頭の中を駆け巡って止まらない。
フォークを動かす手さえも止めて視線を彷徨わせていたに、ジェームズが心配そうに声を掛けた。

「大丈夫…ですか?…また何処か痛んだりとか…」

傷の痛みがぶり返したのかと気遣うジェームズに心配は無いのだと笑い返しつつも、は夕食も早々に席を立った。

「ごめんなさい、体力が落ちているみたいで少し眩暈がして…今日はもう寮に戻って休む事にするわ。」

送りましょうか、と申し出てくれるジェームズをやんわりと断って、は一人で廊下を急いだ。

「眩暈がすると聞こえたが…その様に急いで歩いても大丈夫なのですかな?」

不意に斜め後ろから声を掛けられて、びくりとして振り返る。
…振り返らずとも、声の主が誰なのかははっきりと分かっていたが。

「マルフォイ先輩…どうなさったのですか、この様な所で…」

あまり意味を成さない質問だと解っていても、何故彼が自分を追って来たのか見当が付かなかった。

「貴女のお加減が悪いと耳に挟んで心配してはいけないかな…?」

座っていた場所は僅かなりとも離れた場所であった筈…余程注意して耳を澄ませていなければの言葉などルシウスには聞き取れぬ筈だ。

「お送りしよう、歩けますかな、それとも抱いて運んで行った方が宜しいか?」

悠々とした態度で言葉を次ぐ彼の中では既に”寮まで送る”という事は決定事項の様だった。

「…一人で歩けますわ。」

細く紡いだ声に浅く笑んだルシウスが当然の様にの方へと片腕を差し出す。
が困ったようにそちらを見つめれば、ルシウスは面白そうにその片眉を上げた。

「夜会でもご一緒するのだ、素直にエスコートされて頂けると嬉しいのだが…?」

―――――この男は…言葉使いは後輩を相手にする時とは思えぬ程に丁寧に接して来るくせに、どうしてこんなに有無を言わせぬ行動を取るのだろう。
一種強引でありながら洗練された動作で引き寄せられて、抵抗する気さえ起きなくなってしまう。
寮の入り口に配置された肖像画に合言葉を言って向かって行く先が当然の様に男子寮の方角で、正直は焦りを隠せなかった。
女子寮にある異例の自分の個室まで送って来られても困るけれど、男子寮になど入って誰ぞに見つかりでもしたらどうなる事か。
いや、それよりもマルフォイ家の長男と個人的に話す機会を持つという事はそれだけでも十分に危険な事なのだから…。

「心配せずとも食事時だ、誰も居ない。
…それにお忘れの様だが私は監督生なのでね…」

の内心の思考を知ってか知らずか、彼はそんな事を言う。
是とも否とも返事さえ聞かれぬまま、捕らわれた腕はそのままに彼の部屋の扉が滑る様に開いた。

「どうぞ…?」

挑発するかの様に言われれば、としても静かに足を踏み入れる他無くて。
きちんと整えられた部屋の中は、格調高い雰囲気の家具と仄かな明かりに照らされて落ち着いた空気を醸し出していた。

「御気に、召しましたかな。」

返事の代わりにと薄く笑んで長椅子に腰を下ろせば、そちらじゃない、とぐいと腕を引かれて自然と彼の腕に抱えられる格好になる。

「私の寝台で休めばいい。」

低い声が耳に届くのと、柔らかい感触が背を支えるのが同時だった。


―――――望みは、何…?
貴方はこうまでして、一体何を知ろうとしている…?
与えられる優しさは…全てその目的の為のもの…?


まるで眠りの呪文を掛けられたかの様に急速に襲ってくる睡魔の中でそんな疑問が頭の中に浮かんでは消える。
…例え真実薬を飲まされても、闇系の魔法は私には効かないから…誰かの居る場所で眠る事に不安は無いけれど。
何故だか胸の奥がちりりと痛んだのを最後に、の意識は途切れた。




まどろんでいる間に、どれ位の時間が経ったのだろう。
寝具の柔らかさが変わらず身体を包み込み、ゆっくりと目を開けた瞬間にそっと髪を梳かれた。

「起きたのか、丁度消灯時間を過ぎた頃だが。」

…ずっと此処に、居たのだろうか。
それとも眠っている間に幾つかの呪文を試して、効かないと知って平静を装っているのか…。

「部屋に戻りますわ、休ませて頂いて有難うございました。」

ゆるゆると身を起こした所で後ろから身体ごと抱き込まれた。

「…何故…?
一人部屋だろう、部屋に居なくても誰も気付くまい。
朝まで此処にいればいい。」

低く耳に直接注ぎ込まれる声は、その気がなくとも身体の芯まで届く様な甘い響き。
いや、それよりも…やはり私が一人部屋なのだと彼は知っていたという事か。

「朝まで此処に居させて頂いても…先輩の父上への報告に役には立たないでしょう。」

「父は関係なかろう…?」

言葉尻を拭い去る様に言葉を被されて、相手の真意を探ろうと振り返った所でぐいと顎を引き寄せられた。
こうして強引な口付けを受けるのはあの医務室の時から二度目。
あの時は…夜会のパートナーに誘う為に、いや、少しでも近しい関係になって私の事を調べる為に彼はその行為をしたのだったか。
それならば、今は…?
何を求めている、好きでもない女に口付けてまで何を得たいのだろう。
あるいは誰でも良いから相手が欲しい気分だったのか。
思考を続けている間に歯列を割って入って来た舌に思う様蹂躙されていた。

「……っ」

体中の力が抜け落ちそうになるのを必死にこらえても、ルシウスの力に抗おうとするのは無理な話で。

「諦めて私と共に夜を過ごして下さる気になったかな…?」

ようやく解放されたかと思えば、ルシウスが常にその頬に乗せている不敵な笑みがを覗き込んでいた。

―――――どうしたんだろう、私は。
心の何処かでこのまま此処にいてもいいと思い始めている…?
それは『闇の魔術』の家系としてのマルフォイを知るという目的からはずれた考えである様な気がした。
夜に一人部屋の異性の部屋に泊まる事を承諾するという事には勿論別の意味も付随して来るであろう事を、私も常識として知っている筈なのに―――――。

暫しの間無言の視線が交錯した後、はゆるゆると首を振った。

「…もう、戻らなければ…一人部屋でも、訪ねて来る人が居るかも知れないから…」

本当に訪ねて来る人間が居ると思っていたわけでは無かった。
訪問者など、過日のシリウスやジェームズ達を除くならばほぼ居ないに等しかったのだから。

静かに寝台を滑り降りて戸口へ向かうを、ルシウスも無理に引き止める事はしなかった。
ただ背中越しに言葉を投げ掛けて来た以外には。

「…夜会のパートナーの件、お忘れ無き様。
ダンブルドアが今宵全校生徒に告知をした筈だ…貴女ならば多くの人に申し込まれるだろうからな…尤も貴女と踊る権利は私が既に攫った後だが。」

ああ、では先程の荒々しい口付けはそれを確認する為のもの…?
そんなに何度も言わなくても約束を破ったりはしないけれど。

「お休みなさい、先輩。」

小さく呟いて滑るように扉の隙間を抜けると、そろそろ厳しくなり始めた冬の夜気が骨身に沁みる様であった。




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