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My Dearest - 04
不可視なもの





あれ以来、ジェームズは姉さんに夢中だった。
口では『僕はリリーが好きなんだ』と誤魔化していたが、はたから見ていればそれはばればれで。
未だに距離を縮められない俺としてはそれが随分と悔しかった。

あの後、仲間達にどうして自己紹介をしないんだ、と問われ、結局俺と彼女が姉弟の関係である事を話す羽目になって。
義理云々の下りは省いて説明したから、その事は最初の時いたジェームズしか知らないが。

そして、今日も。
俺達はスネイプに悪戯を仕掛けにスリザリン寮に侵入した帰りだった。

「ねえ、シリウス。」

ローブの裾をくい、と引っ張られて其方を見やれば、ジェームズがもう片方の手に透明マントを掴んで目配せをして来る。

「…何だ」

こちらも小声で返せば、ジェームズが小さく指で指し示すのはスリザリンの女子寮の方角で。
彼が何を言わんとしているのかは一発で分かった。
透明マントを使って姉さんの部屋を覗きに行くつもりだ…。

正直、俺だって彼女の部屋を見てみたい気はするんだ。
でも女の子の部屋だしなあ、覗くのもどうかと思うんだが…?

「君たち、二人で何こそこそしゃべっているのかな?
僕には言えない事?」

そうこうしている内に、目ざといリーマスに気付かれてしまう。

「いや、言えないってわけじゃないんだけどね…」

一応俺の意思を尊重してくれているのかどうなのか、ジェームズがちらりと此方を見る。
仕方が無いので俺が答える事にした。

「いや、どうやらプロングスは姉さんの部屋に潜入したいらしくてな。」

潜入なんて人聞きが悪いよ、とぼやくジェームズを放っておいて、内心の葛藤を見透かされない様になるべくふざけた口調で話す。

リーマスはじっと俺達を見つめると、ふうん、と首を捻った。

「本当だって。…お前も来るか?」

そう誘えば、行く、と簡潔な答え。
ここまで来ればピーターもおまけでくっついてくるのは分かりきった話だ、大体奴一人だけ残したら、まず無事に寮まで帰れないだろう。

結局悪戯仕掛け人が四人集まって。
一枚の透明マントにひそんで姉さんの部屋を探す事になった。
探索には意外と長い時間が掛かり、ようやく見つけた部屋は珍しい事に一人部屋であった。
人数の関係なのか、はたまた何らかの事情をダンブルドアが考慮した故であるのか。

マントの中で互いに目配せしあって、いざ入ろうと静かに取手を回す。
が、部屋にはどうやら鍵が掛かっているらしく、開く事は無い。

「どうする?」

リーマスが聞いたのと、ジェームズがアロホモラ、と呪文を唱えるのが同時だった。
こういう時、全く迷いもしないこいつの性格は本当に羨ましいと思うよ。

「…呪文が効かない!?」

でも、閉ざされた扉は初級呪文では開く事が無かった。
…一人部屋なのは人数調整のせいではないな。
姉さんという存在が何か特殊なセキュリティを必要とする、という事に今初めて気付かされる。

「仕方ない、帰る?」

リーマスが又問い掛け、ジェームズは諦めが悪そうにもう一度ドアの取っ手を回した。
何事も起こらないだろうと思われた其処は、不意に音も無く開き。
俺達は慌てて部屋の中に滑り込む。

求める人影は、大きな書き物机の前に此方に背を向けて座っていた。

(気付いて、ないよな…?)
(…多分。)

ジェームズと目線で会話をして、彼女に気付かれない様にマントを被ったまま、ゆっくり暖炉の近くに移動する。
…と、彼女が不意にゆっくりと立ち上がった。
座った場所は暖炉の近くの揺り椅子の上。
俺達の、すぐ横の。

「何か、御用だったかしら?」

静かに発せられた音声はどう考えても俺達に向けられたものだった。
怒っている声音ではない、ただ、淡々と疑問を口にしているような。

透明マントにひそんだ俺達に、まさか彼女が気付くなんて。
気付かれた以上、他に誰も居ない事だし姿を現すべきか否かと顔を見合わせて迷う。

「Invisible Cloak…?」

彼女の呟きは非常に小さな音声で発せられたが、見事に的を得ていた。

「そのままでも構わないわ、その方が居心地がよければ。」

彼女はにっこり微笑んでそう言ってくれたけれど、結局四人は覚悟を決めて透明マントを脱いだ。

「あ、あの、済みません、こんな忍び込む様な真似をして。」

ジェームズの声が珍しく上ずっている。
順々に巡って来た彼女の視線にピーターは真っ赤になって下を向いておろおろし、リーマスは困ったように俯き、そして彼女はシリウスの方を直視することはしなかった。
それはある意味助かったが、…ある意味とても哀しかった。

「…お茶でも淹れましょう。」

話を変えるかの様に、彼女はゆっくりと腰を上げる。

「紅茶で良かったかしら…?それとも、コーヒーの方がいい?」

咎められずにほっとしているピーターがこくこくと頷く。
…それじゃどっちがいいのか分からないだろ?とそう思ったが、今は口を出せる立場では無いので黙っている。

「畏まらなくてもいいのよ、私は別に怒っていないし…むしろ此処には滅多にお客様なんて来ないから嬉しいと思っているわ。」

…でも、姉さん。
その言葉は他の三人に対してで、俺に対しては違うんじゃないのか?
さっきだって…俺の方だけ見なかった。

そんな俺の心情を他所に、ジェームズ達は徐々に普段の調子を取り戻したのか、『僕は紅茶でお願いします』、『じゃあ僕も』などと注文を出している。

魔法を使って用意するのかと思いきや、姉さんは器具を運ぶのに魔法を使っただけで、紅茶の葉を蒸らすのも、カップを温めるのも、全てその場で手ずから行った。
温められたカップが三つであった事に、又俺の胸が痛んだ。
俺の事にだけ気付いていない筈はないよな…?
姉さんは、俺にこの部屋に居て欲しくないのだろうか。
普段ならジェームズもそれに気付くのだろうが、今の奴はもう既に自分の事で一杯一杯らしく、此方に気付く様子は無い。

程無く、部屋中に紅茶のいい香りが立ち込める。
ふとテーブルの上を見ると、紅茶のセット以外にコーヒーミルが置かれていた。
ぼんやりしていて気付かなかったが、いつの間にか魔法で豆が挽かれている。
紅茶の葉を蒸らしている間に姉さんはそれを手に取ると、挽かれた豆を取り出し、湯を注いでコーヒーを淹れた。
途端に部屋はコーヒーの渋みのある、でもとても落ち着いた香りに満たされて。

好きな方をどうぞ、と言いながら、彼女は温めた三つのカップに紅茶を注いだ。
レモンを薄く切って小皿に盛ったものをテーブルに置き、温めたミルクもその横に置く。
それから思い出したように彼女は砂糖の壷をリーマスの前に置いた。
…食事の時にリーマスが砂糖を入れまくっていた事に気付いていたんだろうな。
嬉しそうにそれに手を伸ばすリーマスを横目で見ながら、俺は来なければ良かった、という後悔で一杯だった。
ただ早く時間が過ぎる事だけを願って目を閉じた時、目の前にコトリ、と何かが置かれて。
恐る恐る目を開ければ、俺の前には香ばしいブラックコーヒーが置かれていた。

姉…さん…?
他の奴が全員紅茶を飲んでるのに、わざわざコーヒーを淹れてくれたのは、俺の為…?

先刻までの沈んだ気持ちとは打って変わって大きく打ち始めた自分心臓の音がうるさい。
…惜しい事をしてしまった、姉さんがお茶を淹れる所を間近で眺められる機会なんて滅多に無かったのに、自分には貰えないんじゃないかとその幸せを満喫出来なかった。

顔を上げて彼女の方を見ると、姉さんはやっぱり此方に視線を向けてはいなかったが、彼女自身の為に淹れられた飲み物のカップは俺のそれと同じもので。
それが何だか酷く嬉しくてならなかった。

続いて彼女がそっとテーブルに出したのは、クッキーとチョコレートの詰め合わせの箱で。
甘いものに目が無いリーマスは又もや目を輝かせた。
普段ならお菓子の醸し出す甘い匂いにさえも俺は不快感を覚えるのだけれど、今日のお菓子からはそういう匂いが漂ってくる事は無く。
俺は気分良くコーヒーを口に含んだ。

「凄く美味しいです。」
「甘くて美味しいです。」
「お…おいしい、です。」

ジェームズ、リーマス、ピーターが順にお茶とお菓子の感想を述べる。
俺も、何か礼を言いたかったけれど、いざという時に口下手な性格が邪魔をして何も言う事が出来ない。
ジェームズの咎めるような視線とぶつかったが、言えないものは仕方が無いだろう…?

「そう、そう言って頂けると私も嬉しいわ。」

話題が途切れたのを気まずく思ったのだろうか、姉さんは床に置かれた透明マントをじっと見つめる。

「透明マントは、誰の…?」

ぽつりと尋ねられた言葉に、ジェームズが『僕のです』と答える。
姉さんは又、『そう』と頷いた。
透明マントを見つめる彼女の目に、懐かしげな光を見たのは俺だけだろうか?

先輩は…一人部屋なんですか?」

続いて口を開いたのはジェームズ。
暗に一人部屋になった理由を尋ねているのだろう。
姉さんはどう答えるのだろうか。

「…そうね、一人よ。
詳しい訳は言えないけれど、校長先生がそう計らって下さったの。
でも、そうね…一人部屋だった御蔭で貴方方とこうやって楽しく時間を過ごせるのですもの、有難い話だわ。」

柔らかく笑った顔が、とても綺麗で。
彼女が此方に視線を向けていないのを良い事に、俺はしばらくじっと姉さんを凝視していた。

「ちなみに、どうして僕らが透明マントに隠れていた事に気付いたんです?」

漸くお菓子から顔を上げたリーマスが尤もな質問をする。
それに対する彼女の答えは、『気配がしたから」』という何とも不思議なものであった。

「見えなくてもね、色々と感じるのよ。」

そう言ってまた微笑する彼女の横顔は、ほんの少しだけ淋しそうに見えた。

紅茶の香気と季節には未だ少し早い暖炉の火の温かさに安心したのだろうか、気が付くとピーターはこくりと頭を垂れていた。

「眠ってしまったのね、ピーター君。
いくら暖炉の側でも、何も掛けずに眠ってしまっては風邪をひくわ。」

そう言いつつ、姉さんは自分の毛布を一枚持ってきてピーターをくるんでやって。
慌てて叩き起こそうとするジェームズやリーマスを片手で制した。

俺が居眠りをしたら。
姉さんは同じ様に毛布を掛けてくれるのかな。
そんな不埒な想像が、一瞬脳裏を過る。




「沢山、本があるんですね。」

リーマスが目を輝かせて眺める壁に埋め込まれた本棚には、数々の書物が詰っていた。
読みたかったら貸してあげるわ、という彼女の言葉に、リーマスも、ジェームズまでもが本棚に向かう。
成り行きで、俺も一緒に立ち上がった。

納められている書物は、今まで俺が見たことのないものが殆どで。
一目で、学校で扱うレベルの物では無い、専門書なのだと知れた。

この一人部屋の存在といい、この貴重な蔵書の数々といい。
多分姉さんには、俺達が未だ知らない秘密がある。

何気無くタイトルを眺めていくと、「アニメーガス」と古代の装飾文字で題名が書かれた豪奢な装丁の本があった。
丁度リーマスの関連で俺達三人がアニメーガスについて調べている時期であった事もあり、俺は思わずそれに手を伸ばす。
中身は今の俺でも何とか読めそうな言葉で書かれていた。
出来る事なら、借りて帰りたい、そう思って頁をぱらぱらとめくる。
良く見れば、所々に印や文字が書き込まれていた。
…姉さんも、アニメーガスについて調べた事があるのだろうか。

俺がその本に夢中になっている間に、ジェームズは透明魔法の本、リーマスは闇の魔術に対する防衛術の本に魅入られる様に没頭していた。
姉さんはと言えば、その間にすっかり空になったテーブルを片付け、続いて書き物の続きをしていた様だった。

「…そろそろ消灯時間よ。寮に戻った方がいいわ。
透明マントで身を隠しても、扉をすり抜ける事は出来ないから。」

どの位経った頃だろうか、姉さんのそんな声で我に返る。
俺以外の二人も、慌てた様に本から顔を上げた。

「読んでいる本、今すぐに貸してあげる訳には行かないけれど、明日の朝までには部屋に届けておくから。」

そんな風に言われて、三人共机の上にその本を置き、未だ暢気に眠っているピーターを叩き起こしにかかった。

「はい、起きて、ピーター。」

ピーターをはっきりと覚醒させたのは、リーマスの声。
目覚めたピーターは、姉さんに何度も頭を下げて部屋を後にした。




そうして、翌朝。
ジェームズの枕元には昨日の本が、俺とリーマスの枕元には本と何かが包まれた、四角い黒い包みが置かれていた。

…夜の間に、フクロウがこれらの荷物を運んでくれたのだろうか。

リーマスの包みに他に何が入っていたのかは良く分からない、俺も彼も、送られた包みをその場で開けようとはせず、後で一人になってからゆっくりと開けたから。

俺の包みの中身は…昨日と同じ本と、もう一冊別の本…それから黒に銀が織り込まれた美しいマント。
一瞬ジェームズが透明マントを忘れたのかと思ったが、ジェームズのそれとは少し色が違うし、もしそうなら俺達は昨晩誰にも見つからずに帰って来る事が出来なかった。
不思議に思って手を差し入れてみれば、それは紛う事無き透明マントで。

透明マントは凄く貴重なものだった筈だ。
…姉さんはどうやって手に入れたのだろう。

そんな事を思いながらそれを取り出し、引き出しの奥に大切にしまって、それから受け取った本を開く。
中身は細かい書きこみまで昨日のものと同一。けれど、紙は全くの新品だった。
複写本…なのだろうか。
半端な手間ではない筈だが、魔法を用いれば一夜のうちにそれを行う事も可能だろう。

と、本に挟まれていた紙がふわりと一枚落ちて来た。
何だろう、と思って開けてみれば、それは手紙。
姉さんが俺宛に書いた、初めての手紙であった。
綺麗な、流暢な文字が伸びやかに紙を飾っている。




『シリウス。…お早う。

遅くなってごめんなさい、昨夜貴方が読んでいた本を送ります。
それから、余計な事かも知れないけれど、もう一冊、アニメーガスに関するもう少し簡単な本も。
アニメーガスを調べるのなら、此方も一助となる筈です。
どちらも昔の本なので文体が少し古いですが、貴方ならさして問題は無いでしょう。
読むには時間が掛かると思うので、複写本で申し訳無いけれど貴方にあげます。中身は原本と全く同じ筈だから。

それから、多分貴方が最も不思議に思っているであろうマントの事ですが…透明マントは元々普通のマントにある特殊な力を持った魔法族の一族が呪文を掛けて作り出したものです。
だから確かに貴重なものかも知れないけれど、この世にたった一つしか無いわけではない。
貴方が本当にそれを必要とする時に使って下さい。
貴方のマントは姿を消すだけでなく、中で起きる音を全て遮断します。

では良い一日を。
返信を下さる必要はありません。

    




手紙はそう締めくくられていた。
…姉さん、俺がアニメーガスになろうとしている事を昨日のあれだけで見破ったのかな。
包みに入っていたもう一冊の本は、過去の魔法使いがアニメーガスを取得した際の体験記だった。
確かに…他の文献よりもよほど、随分と役に立つ。

ちなみに姉さんはその日は広間に姿を現す事は無かった。
具合が悪いのか、と見舞いに行こうかとも思ったが、昨日の今日で透明マントで押し掛けるのもどうかと結局それは諦める。

『返信を下さる必要はありません。』

その下りが、少しだけ気になっていた。




その晩、又フィルチに悪戯をした時、ジェームズの透明マントに隠れながら、俺は彼女が俺に送ってくれたマントの事を思った。
本当はあれを使って隠れれば、音声も遮断するというのだから完璧なのだろうけれど。

『貴方が本当にそれを必要とする時に使って下さい。』

その言葉が頭に引っ掛かってそんな軽々しい目的には使えなかった。




夜、皆が寝静まってから誰も居ない談話室で贈られた本を読む。
こんなに読書に打ち込んだのは、随分と久し振りかもしれない。

今日はこの位にして寝よう、と本を閉じた時、背表紙の裏側に何かサインの様なものがあるのに気付いた。

『  』

それには、そう記されていた。

、か…何処かで聞いた名前だ。
…何処だっただろうか…?
まあいいだろう、時間はたっぷりとあるのだし、又明日思い出すとしよう。

そう言い聞かせて、又丁寧に本を包むと、俺は自分のベッドにもぐりこんだ。
結局その翌日も、俺はその名の正体を思い出す事が出来ずに、父の元に来ていた客の苗字だから聞き覚えがあるのだろう、と一人で自己完結してしまったのだが。





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