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My Dearest - 03
転機の風





昨日の今日だからであろうか、朝食の席では、姉貴の事が気になって仕方なかった。
あまりじっと見ていては気付かれるだろうか、とも思ったが、彼女は決して視線を上げようとはしない。
同じテーブルについている奴と話している様子も無く、彼女の周りは一回り高い塀で囲われている様な気がした。
尤もスリザリンのテーブルで行われている会話なんて、参加して楽しいものじゃないんだろうけどな。

「シリウス、…気になるのかい?」

隣に座ったジェームズが小声で囁いてくる。
何のことだと惚けたくても、相手は一枚上手で既に俺の視線の先を捉えていた。

「いや…普段は別に気にならないんだ。
お前が昨日変な事を言ったからだろ。」

ぼそりと返事をすれば、それは悪かったねえ、とジェームズが笑う。

「…で?声掛けないのかい?
彼女、もう寮に帰るみたいだけど。」

その言葉にはっとして顔を上げれば、確かに姉のはすらりと席を立ちかけていた。
声を掛けないのか、か。
確かにそうしたい気持ちはあるけれど、でも一体何の用事で声を掛ければいいんだ。

「…シリウス、君は年上には弱気になるタイプなのかい?
見てて御覧、僕がお手本を見せてあげよう!!」

そう言うが早いか、ジェームズはすっくと席を立つ。
まったく突飛な奴だ、と内心俺は呆れたが、彼女がジェームズを相手にどんな反応を返すのか、僅かに興味もあった。

まるで無関心を装うか、それともスリザリン生の御他聞に漏れずグリフィンドールの制服を見ただけで嫌な顔をするか。
個人的にはこの二つの選択肢はどちらも当てはまらない様な気がしていた。
…ならば優しく微笑んでジェームズと言葉を交わすのか。
そこまで考えた時、胸の中にやるせない気持ちが広がっていくのを感じ、俺は思わずジェームズの後を追った。



・ブラック先輩…ですよね?」

ジェームズが早速広間の出口の所で彼女を呼び止めている。
あのいつもの人懐っこい笑顔で。

「はい…?」

ふわりと振り返った彼女が不思議そうにジェームズを見つめた。

「あの、僕はジェームズ・ポッターと言います。」

「え…ええ。グリフィンドールのシーカー…?」

彼女が何気無く口にした言葉にジェームズの顔が嬉しそうに綻んだ。

「知ってて下さったんですか!?…嬉しいなあ。
ちなみに僕はシリウス君の親友でもあるんですけど…友達になってくれませんか?」

考えてみれば随分と突飛な質問ではある。
それでも奴はにこにこしたまま彼女を眺めていて。
絶句した後微かに頬を赤らめた彼女が、ええ、と微かに頷いて足早に寮へ帰っていくのを楽しそうに見送った。



「ジェームズ、お前なあ…」

「おやシリウス君、僕のなんぱ術はお役に立ったかな?」

…なんぱ術ってなあ、お前はリリーが好きなんじゃなかったのかよ。
力なく呟いた俺の心の声はどうやらジェームズにしっかり聞こえていたらしい。
彼の顔が不意に真面目なものになる。

「…その筈だったんだけど。
勿論リリーが好きだってことは変わらないんだけどさ、君の姉さんには否応無しに惹かれてしまったんだ。
…二股って言われたら立つ瀬が無いんだけどね。
でも彼女は僕には随分と高嶺の花の様な気がするよ、多分恋人にはなれないだろうな、と予感がするから。
…勿論なってくれたらそりゃあ嬉しいけど。」

その言葉を聞いた時、ああ、こいつも彼女に魅入られたうちの一人なのか、と思った。
その俺の表情は、もしかしたら言葉よりも雄弁に俺の気持ちをジェームズに伝えてしまったのかも知れない。

「大丈夫だよ、僕では君の恋敵にはなれないから。…多分ね。」

彼は俺の肩を軽く叩くと、そんな言葉を残して行ってしまった。
…一体何処に行く気なんだ?




ランチタイムに彼女は現れなかったから、次に俺達が彼女を見かけたのは夕食の席だった。入り口から入ってくる所をいち早く見つけたジェームズが物凄いスピードでその場所に直行する。

「先輩、僕らの席に一緒に座りませんか?」

彼がそう問い掛けているのは容易に回りに聞こえた。
ジェームズのファンの女子達から途端にざわめきが起こる。

「…でもあの、寮が違うから…」

彼女は困ったように微笑んで、視線を彷徨わせた。
有ろう事か、その瞬間に俺と目が合ってしまう。
それにジェームズも気付いたのだろう、『お前からも誘え』とその眼鏡の奥の瞳が有無を言わさず輝いていた。

「…何処のテーブルに座っても出てくる料理は一緒なんだから、たまにはいいだろ。」

ぼそりと呟いた俺の言葉に彼女の表情が一瞬曇った。
何かまずい事を言ったのだろうか、とジェームズを見れば、彼は『お前は言い方が悪いんだよ』と目で伝えて来る。

「じゃあ、今日だけご一緒させて頂くわ、ポッター君。」

柔らかい彼女の声が、その場の気まずい空気を拭った。

「嬉しいなあ、でも今日だけだなんて言わないで下さい、明日も明後日も、僕はめげずに誘いますからねっ?」

明るく笑うジェームズの声が俺の心のどこかに鋭く突き刺さった。




席に付けば、早速自己紹介が始まる。
ジェームズが姉さんの隣、俺がそのジェームズの隣、リーマスが姉さんの向かいに腰を下ろして、リーマスの隣にリリー、ピーターと続いていた。

「改めて自己紹介すると…僕はジェームズ・ポッター、ファーストネームで呼んで下さいね!」

「僕はリーマス・ルーピンです、どうぞ僕の事もファーストネームで呼んで下さい。」

「リリー・エヴァンスです、リリーって呼んで下さい、先輩。」

にっこり笑うリリーの瞳には、それでも複雑な色が見て取れた。
想い人であるジェームズが自らテーブルに女の子を引っ張ってきたとすれば、それは心中穏やかではないだろう。

いつもの順番からすれば、次は俺だった、が。
今更姉貴にどう自己紹介しろというんだ?
困ってしまった俺を見かねたのか、姉さんが先に口を開いた。

、よ。…そう呼んで下さって構わないわ。
突然押し掛けて申し訳無いけれど…宜しくね。」

敢えてファーストネームだけを教えて、ファミリーネームを言わなかったのは、俺への気遣いなのだろうか。

「あ、あとそっちの一番端に座っている奴はピーター・ぺティグリュー。
小心者だけど、仲良くしてやって下さい。」

続いて場をつくろったのは、やっぱりジェームズの機転で。

「よ…よろしく…」

顔を真っ赤にしてそう言ったピーターに、テーブルの皆が笑った。

食事中、彼女はどちらかと言えば聞き役で。
ジェームズやリーマスが色々としゃべっているのを微笑みながら聞いていた。
席を立つ時、彼女は俺達よりも少し早めに『お先に』、と立ち上がって。

「あ、先輩。明日も来て下さいね!!」

追いかけるようなジェームズの声に、困ったように承諾の返事をする。

姉貴が俺の側を通り過ぎた瞬間、俺の頭の中に小さく言葉が響いた。

”――――――ごめんね、シリウス…。”

言霊呪法というやつだろうか、その声は確かに今通り過ぎた姉のものであった。
哀しげにも、淋しげにも聞こえる、でも涙が出そうな位に優しい声音。




ジェームズ。
俺が越えられなかった壁をいとも簡単に乗り越えてしまうお前が、羨ましい。

俺は、未だに。
彼女に幸せな感情を与えられない存在のままのようだから。





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