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後背





 誰よりも信じたいと願いながら、最後までは彼を信じ切れなかった自分。空蝉に身をやつして姿を消した彼の、影になった表情が目に焼きついて離れない。

『追うだべしゃ。』
『鎌ノ助の言う通りだ。…幸村様は真田の家として彼を引き止める命令をするつもりは無いと仰っただけ…お前が佐助を呼び止めて幾ばくかの言葉を交わしたいと思うのを、止めはなさらないだろう。行って来ればいい、幸村様の警護は俺達が引き受けるから。』

 鎌ノ助と甚八のそんな言葉に背を押されて、才蔵は人知れず壬生の領地の中を走っていた。
 昔から…いや、今も必死に背を追うことしか出来ぬ、忍術の師―――かつての同志の気配を追いながら。

(…どこにいる、佐助っ…此度も誰をも頼ろうとせず、そうして一人で解決しようとするのか。)

 分かっている、佐助が本当に姿を隠したいと望んでいるのなら、自分がいくら必死に気配を追った所で彼を捉える事など出来ないと。
 …けれど、どうか昔の仲間として自分を少しでも認めてくれていたのなら…もう一度言葉を交わす機会を与えてはくれぬだろうか。

 佐助、お前…いや、貴方を信じたかった…あれ程までに厳しく我々十勇士を鍛え上げた長が、主である幸村様を裏切るなどある筈がないと。
 けれど出会う度の貴方の言葉は、そんな私をどん底へと突き落とした。…私では貴方の言葉の裏にあった本心に気付く事が出来なかったから。

 注意深く気配を探っていたつもりが、いつの間にか注意が散漫になっていたらしい。気がついた時には、前方に佇む数人の黒い影…見間違い様も無く壬生の眷属であろう。
 つい数刻前には、自分達は彼らに良く思われてはいないのだから行動には気を付けねばと幸村を諭したのは自分であったというのに、何と言うことか。

『まだまだ修行不足だな。』

 十余年前の佐助なら、ぽんぽんと私の頭に手を乗せて、そんな風に言っただろうかとつい場違いな連想をしてしまった。

「この様な場所で人間如きが、しかも従者に過ぎぬ様な輩が何をしているのです。」

 どんどん距離が縮まった壬生の下級眷属は、果たして才蔵の予測通りの内容を呟く。

 ―――どうすれば良い…?
 いくら下級眷属とは言え、壬生の一族の者の力が侮れぬのは、既に嫌と言うほど悟らされている。この場に自分の味方は居らず、人数も多勢に無勢であるとすれば、圧倒的に不利な状況であると認めざるを得ない。

「自らの血でお前達人間がこの地へ持ち込んだ穢れを払うがいい!」

 言うが早いか風を斬る音と共に投げ付けられた武器を何とかかわしても、又すぐ次の武器が襲って来る。

(まずいな…まだ戦い始めてからさして時間は経っていないが、このままだと間違いなく体力負けする。)

 そんな予感が才蔵の胸を掠めた時、圧倒的な力と速さでもって地面に叩きつけられている眷族達が目に入った。
 やったのは勿論、自分ではない。では、一体誰が…?

「…一つの事に夢中になると他が目に入らなくなる所は…昔と少しも変わらぬな。」

 音も無く目の前に降り立ったのは、無表情な黒い影。疑い様も無く、眷属達を一撃で倒したのはこの佐助だろう。

「何の用だ、才蔵。…此処が何処であるか、そして誰の目があるか分からぬと踏まえた上で手短に話せ。」

 ―――ああ、そうか…無我夢中に追って来たものの、誰が聞いているかわからぬ以上、伝えられる言葉は限られているという訳か。
 『信じ続ける事が出来ずに、済まなかった』…そんな謝罪の言葉だけなら、互いの立場に差し障りは無かろうか。

「…お前が私に謝ることは何も無い。こうなる事を知った上で、私はこの生き方を選んだのだから。」

 まるで才蔵の心の中をそのまま読み取った様に佐助が言葉を掛ける。

 ―――ああ、何て不器用で、そして潔い言葉だろう。

「…もう、行く。未だやらねばならぬ事があるのだと、そう言ったろう。」

 空蝉ではらはらと姿を消すでなく、そう告げてから背を向けたかつての師の背を、思わず才蔵はその両腕で包んでいた。

 記憶にあるよりも、幾分細くなったように思えるその体躯。
 たった一人で重責を担うだけの力も素質も兼ね備えた彼だが…その体つきには僅かな不安を覚える。

「…どうした、才蔵。」

 顔を此方に向けぬまま、空気を通して耳に伝わってきた佐助の声が僅かに震えている様に思えたのは、気のせいであろうか。

「…俺じゃまだ、佐助の力にはなれないかも知れないけど…無茶はするな。幸村様も俺も…佐助が命を落としてしまったら、堪らなく哀しいから…」

 それは、精一杯の強がり。
 本当は抱きしめて離さずに、共に幸村様の許へ戻りたい。
 そんな才蔵の心を読んだのかどうか、佐助は静かに身体を反転させてその顔を才蔵の方へと向けた。

「…忘れたのですか、私のまたの名を…『死なずのシンダラ』…そう簡単に命を落としはしませんよ。さあ、下級眷属とは言え、奴らを倒した現場に長く居るのはあまり得策ではないでしょう…貴方ももう飼い主の許へお帰りなさい。」

 口調は完全に『十二神将・真達羅』としてのそれへと変わっていたけれど、才蔵から離れる直前にほんの僅かに額へと触れた彼の唇の感触は酷く優しくて。

「待ってる…からな。」

 空気に溶けこむ様に彼が姿を消した後、誰も居ない其処に向かってぽつりと呟く。彼を追って来たから何かが変わったという訳ではないけれど…束の間であったとは言え二人で話せて良かったと、胸の内が晴れ晴れとして。
 帰りの道こそは厄介な敵に見つからぬ様にせねばと慎重に幸村の許へ帰参する才蔵の姿があった。



「嬉しそうだな、才蔵」
「んだべ、んだべ。良がことあっだべか。」

 見送ってくれた二人にいつもの調子で出迎えられて。
 ただ、幸村の反応だけが少し複雑な表情を含んでいた。

「お帰り、才蔵。…本当は、僕も一緒に行きたかったけど…仕方無いよね、僕が直接に動いたならまた将としての自覚が足りないってきっと佐助が怒るだろうから。だから、彼が無事ならそれでいいんだ、いつか又、共に過ごせる日が来るんだって僕は信じているからさ。」

 ああ、この主にはきっと一生敵わないな、とぼんやり思う才蔵の横で、『才蔵、君…微かに佐助の移り香がするよ』と幸村が茶目っ気たっぷりに笑った。



◇ 後記 ◇
 才蔵の佐助様への呼称、『お前』ですよね。…でも敵味方として接するわけでは無い時、心の中では敬意を込めて『貴方』と呼んでいて欲しいなあ…という勝手な願望が随所に顕れております(苦笑)勿論名前で呼び合う非常にフレンドリーな関係も良いのですが、師弟であるからには何処かにそんな一線があるのも良い。

2004/06/23 Shisui Gagetsu






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