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「いやあ、女の子達と遊んでいる時が一番楽しいよねえ。」

 冗談とも本気ともつかぬ口調で幸村は良くそんな事を言う。

「よっ、幸村様、男だなあ。」
「酒もいける口だべしゃ。」

 絶妙なタイミングで合いの手を入れるのは鎌ノ助に甚八の二人組だ。彼らは今夜城下で行われる夏祭りにお忍びで出掛ける算段をしているのであった。

「ね、皆も行くよね?」

 壜ごと抱えていた酒瓶を脇に置いて周りの十勇士達を見渡す幸村に、彼らは『主のお祭り好きはいつものこと』と微笑ましい気分になり、ふと今この場にいない長の忍のことを思う。
 彼の名は佐助…十勇士の忍術の師、祭りなどという遊びには最も縁遠い男であった。

「は、あの、お供したいのは山々なのですが、佐助の許可が出ましてから…。」

 一同を代表して伝えられた才蔵の言葉に幸村は少しだけ唇を尖らせてみせてから、『そうだね』と肯く。

「…佐助もさ、一緒に来てくれるといいんだけどなあ…。」

 ぽつりと呟かれた言葉は、きっと幸村の本音。
 佐助は主と部下という規律を何よりも重んじる男だが、主である幸村が少しでもその佐助との間の距離を縮めたがっている事は十勇士達も知る所であった。
 他愛も無い話をして時を過ごして、いつの間にか皆のいる室に佐助が戻って来ていたのは半刻もしない時であっただろうか。

「うわ、佐助、お前いつから戻って来てたんだ。」

 驚きを顕わにした部下達に、『私の気配も読めぬようではまだまだだな。』と諭す彼の顔には穏やかな笑み。
 一瞬ぼうっとそれに見惚れていた一同であったが、その様子を脇から見ていた幸村が思い出した様に口を挟む。

「ねえ、佐助。今夜ね、城下で祭りがあるんだ。皆を連れてこっそり行ってみようと思うんだけど、許してくれるかい?」

 『たまには息抜きだべ』と口添えする鎌ノ助に、佐助は微かに苦笑を漏らした。

「では…あまり羽目を外し過ぎぬ程度に楽しんでいらして下さい。」

 理解の無い男では無い。部下達の望みも、気持ちもきちんと把握して飴と鞭を使い分けられる師であった。

「やったべ!!」
「全員行っていいのか?」

 皆が歓声を上げる中、声を低くして甚八が聞いてくるのへ、『構わんさ』と佐助が返す。

「誰ぞを残すのも気の毒ゆえな。折角の機会だ、皆で騒ぐのも悪くはないだろう。…見回りや警護の心配はせずともいい。」

 …つまりはそう云った日常の義務は自分が代わりに果たしておこうという事か。

 甚八は十勇士の中でも年長の部類であり、長の心の機微をそれなりに正確に理解出来るうちの一人であった。

「あんまり無理すんなよ。一応酒は控えておくからよ、何かあったら呼んでくれ。…あと、お前も一緒に来れたらいいのにと幸村様が言ってたぞ。」

 矢継ぎ早にそう告げる彼に、佐助は僅かに瞳を見開いた。

「気を遣わせてしまったようだな…済まぬ。…私が居ては騒ぎにくかろうから、影からご一緒する事にするよ。」



「…やっぱり言い出せなかったよ、佐助にも『一緒に来て』って。」

 どこか口惜しげに呟く幸村へ、甚八が宥める様な視線を送った。

「多分一緒に来てますぜ、佐助も。姿は現さずに影から見守る…そういう男ですから。」

 『それなら何か事件でも起こしてみたら出てきてくれるかな。』と冗談交じりに呟く主へと、皆が笑う。幸村ならばやりかねない所がまた可笑しい。

「屋台が沢山並んでますね…!!」

 感激した様に呟く才蔵と小助の声を皮切りに、一行は祭りの人の輪へと紛れ込んで行った。団子におでんに甘酒…ごく普通の冷酒に熱燗…屋台を転々としてはその都度腹に入れた食べ物はかなりの量になる。
 いつしか夕陽も落ち、辺りはすっかり夜の空気を醸し出し始めた。いくら子供も参加する気楽な祭りといっても、ぼつぼつと風俗の店がその夜の仕事を始める時刻である。
 男性陣に気を遣ったのか、紅一点の小助の姿はいつの間にかその場から消えていた。

「幸村さん。」
「城主様の御子息と同じ名前だなんて、いつもながら妙だわあ。」

 普段から忍びで街へと出掛けていた幸村には中々に知り合いが多く、あっという間に若い娘達がその周りに群がる。

「最近随分と御無沙汰だったけど、今夜はゆっくりして行けるの?」

甘く尋ねられる回数の多さに、一緒に居た甚八はにやりと笑って幸村へと耳打ちした。

「こりゃ…佐助が小助を城まで送って行ってて正解だったかも知れんな。」

 咄嗟に振り返って一瞬ばつの悪い表情を浮べた幸村へ、甚八が軽く片目をつぶって見せる。

「ばればれだって。女の子達と遊んでるなんて、あんまり佐助には思われたくねえんだろ。」

 彼らが小声の遣り取りをしているうちに、女性達の誘いがより激しいものへと変わった。

「ねえ、寄って行ってよ、幸村様ぁ。」

 腕を絡めて上目遣いに強請る姿は、世の男達から見れば魅惑的なものなのであろうか。それでもたった今甚八にからかわれたばかりの幸村としてはそんな気分にはなれなかった。
 それに、もし万が一、小助を送った後でまた戻って来た彼が女の子に群がられている自分の姿を見たら何と思うだろう。

「いや…今日はやめとくよ、ごめんね。」

 心此処に有らずでそう断る幸村へ、甚八がにやりと笑った。

「ちょっともう半刻ほど此処で待っててくれよ、幸村様。この甚八が主の望みを叶えて差し上げるからよ。」

 言うが早いか、その大柄な体躯からは想像の付かない素早さで甚八はその場から姿を消した。

「甚八っつぁん、何処さいったべなあ…あっ、そうか、佐助呼びに行ったべか。」

 独り言にも似た鎌ノ助の言葉に現実に引き戻されて、途端に幸村の胸の鼓動がうるさくなる。
 佐助と酒を酌み交わした事が無いわけではない。でもそれは城中の宴の席での事であって、こういう席でそう出来るなんて思ってもみなかった。
 似合わない緊張をしているのかどうなのか、酒を口にする速度がどんどん早くなって行く…我ながら酒には強い方だと思うのに、頭の中が酩酊の心地を味わう位になった頃、店の入り口に甚八の姿が見えた。
 その横に影の様に寄り添う細身の影は…女物の被り物に身をやつしてその面は見えぬまでも、間違いなく彼であった。

「甚八…お前、騒ぎが起きているから身をやつして来てくれと私を呼び戻しに来たと思えば…謀ったな。」
「師が『第一に主の事を考えろ』と俺に教えてくれたからな。」
「…違いないが。」

 低くそんな遣り取りが交わされているのは、幸村の耳までは届かない。
 甚八と共に幸村達が陣取っている一角まで近付いた彼は、漸く被っていた布をほんの僅かにずらしてその表情を覗かせた。
 薄布に彩られたその白磁の貌と切れ長の瞳が、先ほど纏わり付いていた町娘達よりも数段艶めかしく感じられるのは何故だろう。

「ひょおっ、でかしたべ、甚八っつぁん!!」

 思わず口笛を吹いたのは鎌ノ助。
 他の十勇士達は事の成り行きにぽかんと口を開けたまま固まり、それを受けた甚八が満足そうに胸を張る。

「き、綺麗だねえ、佐助…」

 肝心の幸村はと言えば、酔いも手伝ってとろんとした目で佐助を見つめ、何を思ったか立ち上がろうとしてふらふらとよろけた。

「…相当酒を過ごされましたね。」

 自然な動作で咄嗟に主の身体を支えた佐助の首へと、幸村は甘える様に腕を廻す。

「僕はお酒には強いから大丈夫だよ。でも役得だね、こんなに大っぴらに佐助に抱きつけたから。」

 幸村がいくら普段から飄々としていると言っても、この台詞はあまりにも大胆で、佐助も他の十勇士達も驚きを隠せなかった。

「…酔った人間は皆、自分は酔っていないと思いたがるものです。さあ、あまり戯れておられては周りの注目を集めてしまいますよ。」

 それでもすぐに城へ連れ帰ろうとしないのは、幸村や仲間達の和気あいあいとした空気を壊したくないという佐助の優しさだろう。
 そのまま幸村を席の一つへと座らせてから、佐助は小さく溜め息を付く。
 その間にも佐助の心配は既に現実のものとなっていて、明らかにがらの良くない集団がにやにやと笑いながら一行の方へと近付いて来た。

「何だよ、そこの優男の兄ちゃん、さっきから美人のお誘いを隠してたと思ったら待ち人が居たたぁな。どれ、よっぽどの美人さんなんだろ、俺達にも顔拝ませてくれよ。」

 単に酔って難癖を付けたいだけなのだろうが、厄介な連中である。しかも甚八の策略に乗せられて変装して出掛けて来た身では、何とも過ごし辛い。
 他の十勇士も居る事であるし主が危険に曝される事は無いだろうが、と其処まで思考を巡らせた時、脇から幸村が口を開いた。

「う〜ん、君達の言う通り凄く美人だけど、僕の大切な想い人の顔をそう簡単に見せるわけにはいかないなあ…。」

 再び鎌ノ助がひょう、と吹いた口笛が佐助の意識をはっと冷静にさせる。

「幸村様、あの様な酔漢、放って置かれれば良いのです。危害を加えてくるようならば私が外に捨てて参りますから…」

 小さく横に向かって制すれば、幸村は『本当のことだからねえ』楽しそうだ。

「これ以上絡まれて厄介を起こすと佐助も困るだろうし、そろそろ帰る事にしようかな。」

 最後にもう一口ぐいと酒を煽って席を立ち上がり、ちらと酔漢達に冷たい眼差しを送った幸村に、彼らもそれ以上絡もうとはしなかった。



「今日は楽しかったよ、佐助。…来てくれてありがとう。」

 実際に佐助が祭りの席に姿を表したのはほんの一時だけなのだが、幸村は上機嫌で帰途についた。

「絡んできたあの男達に言った言葉、酔いに任せて言ったわけじゃないよ。」

 先ほどとは打って変わって酔いなど感じさせぬ幸村の言葉に、佐助は僅かに目を瞠る。

「ねえ、佐助もきっと知ってるでしょ、織姫と彦星の話。」

 天の川伝説ですか、と小さく応えを返した佐助へ幸村が微笑を浮べる。

「今日はね、七夕なんだよ。…だからどうしても君と一緒にいたかったんだ。」

 二人の間に暫しの沈黙が落ちた後、ゆっくりと口を開いたのは佐助の方。

「七夕の日ならずとも、またこの身が離れていても、心はいつも貴方のお側におりますよ。」

 それはきっと、織姫からの最高の返し文。
 『君は仕事熱心だから、天帝の怒りを買うことはないだろうけどね』と笑う幸村の声が朗らかだ。



「佐助、幸村様っ、変な奴らに会っちまったべ、城けえったらも一度呑み直すだべさ。おらが甚八っつぁんとうまか地酒買うてきたでよ。」

 後ろから追って来た鎌ノ助がいくつも酒瓶を抱えて城の方へ一足先に戻って行く。それを追い掛けつつ『顔に似合わず大酒のみだよな』、と苦笑する甚八が二人を追い越しざまに佐助へと確信犯的な眼差しを投げて寄越した。



◇ 後記 ◇
 沙岸十和様にオフライン原稿のお話を頂いて寄稿したもの。本の発行から一年以上が過ぎましたので、此方でも展示させて頂きます。七月七日発行という事でしたので(安直ですが)七夕祭をネタに。御本の方では素敵な挿絵を入れて頂いております。(特に佐助の変装場面が見物vv)

2004/07/07 Shisui Gagetsu






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