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残照-ZANNSHOU-

001:声





 かつて聞いた事の無い部類の耳障りな音と、脚のあたりに感じる鈍い痛み。
 それが、私が意識を取り戻した時に感じた全てであった。



「おい、なんて事だ、こんな所に人がいるなんて!!」
「通って来る時にはいなかったよな!?」
「それよりもやばい、此処で人を轢いちまった、なんてボスに知れたら…」
「ああ、間違いなく殺されるな。人を轢き殺した場所がヤクの原産地とあれば必ずサツが出張って来る。」

 ざわざわとした人の声。
 『ボス』とは誰であろうか、そしてこの場所は…?
 鋭敏な嗅覚が示すのは、これまで暮らして来たところとは全く異なる空気の場所だという事のみ。

 全てが済んで、独り孤独に長い時を生きるのが何故か耐え辛くて、生と死の世界の狭間にあるという父の墓で思考に沈む事が多かった。
 そんなある日に、其処からおぼろげな燐光が漏れているのに気付いて。誘われるかの様に近付いた途端、意識が遠くなったのだ。

「何をしている、何か私に知れてはまずい様な事でもしたと見えるな。」

 かつ、かつ、と他を圧する威厳の様なものに満ちた足音が響き。次いでそんな言葉が耳に届く。

 …この、声。
 久しく聞くこと叶わなかった父上のものに酷似していると思うのは…私の気のせいだろうか。

「と言っても…何があったかは一目瞭然だがな。」

 違う、か。
 声は同じだが…父はこんな冷酷な響きで話す事は無かった様な気がした。
 顔を見れば、符合が合うやも知れぬ。ゆっくりと瞳を開けようとして、白く霞んだままの視界に戸惑う。

「…ふ…この様な場所に人が歩いているというだけでも十分に珍しい事だが…この者の格好…随分と妙である事よ。」

 …私の事か…?
 着物など、別に珍しくも何とも無い筈であろうに。珍しいというならば、一族から受け継いだこの髪の色くらいのものだろう。

 徐々に輪郭を取り戻して行く世界にゆっくりと身を起こそうとすれば、途端に周りの空気が怯えを含んだ。

「ボ、ボス、こいつ生きてますよ…!?」
「サツに通報でもされたらヤクの出所まで…」

 慌てふためいている様子の部下達に、父に似た声を持つ男が一人落ち着きを保ったままだ。

「騒ぐな、見苦しい。…いつまで生きていられるかも分からぬし、話の分かる相手なら我等の味方となる事もあろう。だが、お前達が大きな失態を演じてくれた事には違いないな。」

 その言葉に男達が声にならぬ悲鳴を上げるのと、ドン、ドン、ドン、と低い銃声が聞こえるのが同時だった。



「さて…?我が秘密の菜園への侵入者殿、その珍しい格好の訳を聞こうか。」

 先ほどまで騒いでいた男達を銃で始末し一息ついた男が、未だその手の内にある凶器で私に狙いを定めつつ振り返る。

 ―――その、顔。
 逆光でおぼろげにしか見えぬが、その顔は恐ろしい程に生前の父に酷似していて。風に靡く髪でさえ、あの頃よりも随分と短くはあるが、同じ色を有していた。

「…父上…」

 その様な事は有り得ぬ、と分かっているくせに唇から漏れ出る吐息を止められない。

 ここは、何処だ。現の場所ではなく、私は夢でも見ているのであろうか。
 夢ならば早く醒めねばならぬ、否、醒めたとて心が満たされる訳ではないが。

「…そなた今、何と申した。」

 いつの間にか相手がすぐ間近まで近付いていて。ごく至近距離からその顔を目にする羽目になる。

「…何も。」

 見れば見るほどに似通い過ぎているそれから思わず瞳を逸らせば、ぐいと顎を掴まれた。

 ―――こうされるのは、初めてではない。遠い昔に、やはり父上が何かに突き動かされるかの様にこうなさった事があった。

「その格好といい、髪色といい…面食らう事ばかりよ、一体そなた何者だ。」

 それは、私が逆に彼に訪ねたい事。
 着ているものは違えど、父上に此処まで似通った容貌を持つ貴方は何者…?
 そして何故、私の身にこの様な事が起きた…?

「…答えぬつもりか。まあ良い、それ程の怪我では当分動く事さえままならんだろう。」

 次の瞬間、ひゅう、と風をきる音が大気を通して鼓膜に伝わり、負傷した脚のせいで来るであろうと予測された衝撃を避けきれずに。
 腹部に鈍い痛みを感じ、私はそのまま意識を失った。


[2004/04/01]





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