夢現
背後に感じる温もり
誰かを守り、そして守られる幸せを
初めて知った
貴方に敵を近付けはしない
私がこうしてお側に居る限り
私の妖力(ちから)は未だ貴方に遠く及ばないけれど |
冥界の平穏を乱す妖怪が、いるという―――。
「せ、殺生丸様、何処へ行かれるので!?」
僅かに眉を寄せて立ち上がった主の様子に彼が何処かへ出向こうとしている事を感じ取って、邪見が慌てて声を掛ける。
「此度は付いて参れとは言わぬ。…りんと共に、此処で待っていても良い。」
静かに放たれる主の声に、小妖の目が大きく見開かれた。
(せ、殺生丸様がわしに付いて来なくてもいいと仰るなんて!!もしかしなくても、凄く危ない所へ向かわれるのか!?それとももうわしはお払い箱!?)
邪見が内心の葛藤を隠せずにいる間にも、主は移動を始めようとふわりと浮遊し始めていて。
「おっ、置いてかないで〜…せ、殺生丸様、この邪見、何処なりともお供致しますぞっ」
ふわふわと揺れるその毛皮に、済んでの所で邪見が必死にしがみつく。
「こ…此処は…あの時の火の国の門へ通じる道ではございませんかっ!!殺生丸様、この様な所に何用でいらしたのですか?」
主の持つ天生牙のお蔭であの門を守る二体の石像がそれ程恐ろしいものではないのだと分かっていても、やはり何か畏怖の様なものを感じるのは止められない。
「…呼ばれている、門の向こう側から…」
低く呟かれた言葉の内容に、邪見の体の震えがいや増した。
「呼ばれているって…あの世からでございますか!?…きっ、気のせいでは…」
何とか止めようとする邪見の言葉の後を引き取るかの様に殺生丸が言葉を発する。
「気のせい、かも知れぬ。だが私は行かねば…」
何かにとりつかれたかの様に先を急いで飛び続ける殺生丸に、邪見が涙目になった頃。
天の助けででもあるかの様に後ろから声が飛んで来る。
「おい、殺生丸。てめえ、こんな所で何してやがんだ?」
それは半妖の異母弟の声。流石の殺生丸も思わず足を止める。
「…別に何もしておらぬ、ただ先を急いでいるだけだ。お前こそ、わざわざ此処に何用だった。まさかお前も…呼ばれたのか?」
静かに振り返り普段よりも深い眼差しで見つめてくる兄に、犬夜叉はぐっと言葉に詰った。
「…?呼ばれたたぁ何の事でえ。俺はただ嗅ぎ覚えのあるいけ好かねえ匂いを嗅いだ気がして追っかけて来…」
弟の言葉を最後まで聞かずに再び背を向ける殺生丸に、犬夜叉は慌ててその袖を掴む。
「おい、一つぐらい答えてけよ、何に呼ばれたんだ?…この先はあの、火の国の門だろ?また四魂の欠片の気配でもしたのか?…って、てめえは四魂の欠片に興味はねえか。」
だが殺生丸の顔は彼が進もうと決めた方角を向いたままだ。
「…呼んでおられる。今お前と争っている暇はない、気になるのなら付いて来い、止めはせぬ。」
”呼んでおられる”…?
この兄がそんな風に言う相手など、そう滅多にはいない。
「おい、お前大丈夫かよ。…何か変だぞ?」
普段と違う兄の雰囲気が気になって相手の表情を覗き込んでみるも、怜悧なその美貌には何の表情も浮かんではいない。
旅を共にする仲間達に何も言って来なかった事が気にはなったが、そのまま兄の後を追う事にする。
「いっ犬夜叉様っ!!…何をなさるおつもりなのですかっ!!天生牙を持つ殺生丸様ならともかく、貴方様は向こうではぐれでもしたら二度と帰っては来れぬのですぞ!!」
不意に言霊の念珠の陰からそんなしわがれた声が聞こえて。
かつて親父の側近であったというノミ妖怪の冥加が自分について来ていた事に初めて気付いた。
「なんだ、いたのかよ、冥加じい。…まあ、何とかなるだろ。危ねえのが嫌で逃げるんなら今のうちだぜ。」
犬夜叉の台詞に冥加はぴょんぴょんと飛び跳ねながら顔を真っ赤にする。
「何ですとっ、逃げたりなど…ま、まあそれではお言葉に甘えて…」
結局飛び去ろうとする冥加に犬夜叉が呆れた顔をした時、思わぬ所から制止がかかった。
「居たのなら丁度良い、しばし待つがいい。」
先程までまるで周囲に無関心に先を急いでいた殺生丸が、冥加の小さな身体を爪の先でつまむ。
「せ、殺生丸様、ま、まさかこのままそのお爪の毒でわしを昇華させる、なんて事は・…」
あたふたと慌てる小妖怪には答えず、殺生丸はそのまま飛行を続けつつ口を開いた。
「貴様、父上の墓の番人であったな。…父上の墓には、未だ我らの知らぬ何事かがあるのか。」
かつての主の長子の問いに、冥加は顔を青くしつつも首をひねる。
「わしがお屋形様からことづかったのは、鉄砕牙の件のみでしたが…?」
そうか、と小さく頷いた殺生丸はそれ以上言葉を発する事無く冥加を摘んでいた手を離す。
「え?…ってあの…?」
弾みでそのままぽとりと鎧の上に落とされた冥加が不思議そうに殺生丸を見上げる。
振り払われはしなかったので、冥加は結局暫く其処に腰を落ち着けた。
「おい冥加、てめえ、逃げるんじゃなかったのかよ。」
横合いから投げ掛けられた犬夜叉の言葉に、冥加は再度首を捻る。
「う〜ん…下手に逃げたら殺されそうですし…犬夜叉様よりも随分と乗り心地がいいというか何というか…。それに出来る事ならお父君譲りの美味しい血を是非一度吸わせて頂きたいと…」
先刻までの慌て具合は何処へやら、真っ白な殺生丸の首筋を見つめてその口元をもぞもぞさせている冥加を見てばきっと殴ってやりたいと思った犬夜叉だったが、乗っている場所が殺生丸の肩である事を考えると迂闊な事も出来ずに自制する。
「…悪い事言わねえからやめとけよ。今度こそその場であの世行きだぞ。」
その言葉に又もや冥加がぴしりと固まった。
「そ、そうですな、やっぱり…」
そう頷き、しかし次の瞬間には殺生丸の肩を覆うふわふわとした毛皮に引き寄せられるかの様にそちらに移動する冥加。
と、今まで殺生丸の毛皮の裾につかまって静かにしていた邪見が抗議の声を上げた。
「こら冥加、殺生丸様のもこもこはわしのじゃっ!!お前は鎧の上にでも座らせて頂けば良かろうがっ!!」
「なんじゃとーっ!!気持ちの良い毛皮に座らせて頂いて何が悪いのじゃ!!」
―――どうやら兄のもこもこは相当居心地がいいらしい。
俺はこいつらみたいにおいそれとは触らして貰えねえだろうけどな、とそんな事を思いながら犬夜叉は年甲斐も無く騒ぐ二匹を見守った。
「うるさい、静かにしていろ。」
殺生丸のそんな一声で二匹の小妖の低次元な争いは漸く終わりを迎えたのだが。
大して時間を掛けることも無く、目の前に現れた忌まわしき門。
あの時散々犬夜叉達を苦しめた二体の石像はしかし、殺生丸がすらりと抜いた剣の前に簡単に膝を折った。
『通るがいい、あの世の刀を持つ者よ…』
ゴゴゴ、と音を立てて左右に開かれた門もあの時の様に光を浴びた者を石像に変える事は無く。
顔色一つ変えることなくするりと門を潜った兄の背に、犬夜叉は黙って続く。
視界を覆うのは、戦国の世でも滅多にお目に掛からない様な濃い霧。
その中で兄を見失わぬ様にと速度を速めて後を追えば、兄が不意にその足を止めた。
「…?…どうか、したのかよ。」
身じろぎもせずにじっと前方を見つめる兄を不思議に思って問い掛ける。
「…」
無言のまま沈黙を続ける殺生丸に、犬夜叉は痺れを切らしてその顔を覗きこむ。
何の表情も浮かんではいない、怜悧な美貌。ただその黄金色の瞳だけが微かな切なさを湛えて揺れていた。
「おい…?」
犬夜叉がそう声を掛けるのと、殺生丸が小さく何かを呟くのが同時で。
けれどその言葉は犬夜叉には聞き取れず、兄の毛皮に乗っていた冥加のみがそれを解した。
『父上…』
かつての主の血を濃く受け継ぐ長子は、確かにそう呟いたのだ。
「殺生丸様、御屋形様がどうかなされたので…?」
思わず問い返した冥加に、殺生丸は相変わらず夢の中に居るかの様に言葉を紡ぐ。
「分からぬのか、この妖気…父上のものだ。」
◇ 後記 ◇
『mon-o-chrome』のharuki様から拝領した2004年御年賀イラストに添えさせて頂いた父殺+α。設定自体は個人的にかなり気に入っているのですが、申し訳無い事にいまだに書き掛け放置状態という…;;
2004/02/05-200*/**/** Shisui Gagetsu
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