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流星錘





 あまりにも八方塞がりな状況に追い込まれて、もう諦めるしかないかと思い始めた、その瞬間。

 ―――ひゅうっと鳴る光の鞭が、夜空を斬る―――。

 戦うかの大妖の姿はあまりにも強くて、恐ろしく…けれど同時に、信じられぬ程に美しい。



「…何をじろじろと眺めている。貴様も私に捌かれたいのか、法師。」

 掛けられるのは全てを押し隠した冷えた声音ではあったけれど。
 こうして奈落の毒虫に対抗する術も無く傷を負った自分の許に彼が現れたのは偶然であろう筈は無く、弥勒は微かに笑った。

「…では、何故そうなさらないのです…?」

 小さく逆に問い返せば、さあな、と妖は顔を背ける。

「ああ、でもいつか自らのこの風穴に吸い込まれるくらいならば…兄上殿の戦う姿を最後にこの目に焼き付けて、一瞬の内に息絶えたいかもしれませんな。」

 ざっと風を切る音がして、次の瞬間には銀色に光る剣が弥勒の喉元に突きつけられた。
 先程その隻腕に器用に操られていた鞭とは又違って真っ直ぐに月光を弾くそれは、この世に生を受けた者に終焉をもたらす物としてあまりに相応しく。

「死にたいのならば殺してやる。…だが、未だこの世で遣り残した事が多々あるのではないのか。」

 喉元に突きつけられる刃物とは裏腹に、その声音の何処かに慈しみを感じる。心が弱まっている今の自分を励ましてくれるかのような。

「…そう…ですな…。そう、でしたな。奈落を殺してこの風穴の呪いを解くと、私は決めたのでしたな。」

 今は未だ死を考える時では無い、とそう諭された様な気がして、呆然と呟いた弥勒に、喉元の剣が少し力を込めて押し付けられた。
 でも…何故であろう、焼け付く痛みも、傷口がひりひりとする感触も何も感じない。

 はっとして上を見上げると、妖はすっとその腕を引いた。

「ふ、痛みが無いのが不思議か。…斬れぬ刀だ、それも当然であろう。だが、この天生牙は癒しを与える刀とも、命を与える刀とも言われるもの。…普段の私には用を為さずとも、心の弱っている貴様には役に立つであろう。」

 殺せぬ刀、ですか。
 犬夜叉が以前に無慈悲な貴方には使えぬ代物だと言っていましたが…貴方は決して冷酷なだけの方ではないと、そう思うのですよ。
 ただ、そう見えるように仮面を被っておられるだけで。

 貴方の事だ、きっと既にその刀の本来の使い方もご存知なのでしょう。
 その正規の用途とは違うにせよ、妖が妖なりのやり方で自分を気遣ってくれた事が酷く嬉しかった。

 他の誰でもない貴方自身が、私に命の息吹を与えて下されたのですから。



「…いつまで地面に座っているつもりだ、手当てをするのだろう。」

 凛とした声音で言い放つ妖が、その黄金の瞳でじっと弥勒を見つめる。

 はあ…勿論血が出たままでは不味いですからな。
 でも、これも何かの縁、貴方がその御手ずから手当てをして下されたらこんなに嬉しい事は無いのですけれどなあ…。

 心の中で呟いたつもりが、小さく声に出してしまっていたらしい。
 妖はふっと顔を背けると、素っ気無く声を放った。

「その位、自分で致せ。」



 数歩離れてしまった妖との距離が何だか惜しくて。
 自分でも愚かな事だと思いはしたけれど、苦しんでいる風を装って呻き声を上げてみる。

「…うっ…」

 果たして、それを聞いた妖は。
 ふわりと身を翻すと、蹲る法師の肩にそっと触れた。

「…苦しいのか…?」

 咄嗟にその手を掴んで、強く引き寄せれば、意外な程に無抵抗に間近に迫る美麗な造作の顔。
 勢いに任せてその唇に触れる。

 …噛み切られるならば、それでもいい…
 何処かでそんな思いが働いた。

 けれど、予測した痛みが弥勒を襲う事は無く。
 口付けの合間にそっと様子を窺ってみれば、伏せられた長い睫毛が震えていた。

 再び合わせようとした唇はふい、と避けられて、妖はゆっくりと数歩後ろに下がる。

「…この様な戯れを仕掛ける余裕があるのなら、身体は大事無さそうだな。」

 そんな台詞を残して、ふわりと地面を蹴った大妖は、次の瞬間には天空へと舞い上がっていて。
 その姿が月の光と相まって、法師の目にはやはりこの世の者ならず美しく映った。



 もし、戯れなどでは無く、本気で貴方に惹かれ始めているのだと告げたなら。
 …貴方は信じてくれるのだろうか。

 その答えは今は未だ得る事叶わず。
 ただ、白銀の月光のみが知っている。




◇ 後記 ◇
 『村人絵双紙』様の壱萬打記念フリー絵を拝領した折に添えさせて頂いた弥殺創作です。一応当サイトでの天生牙初出作品だったり致します(笑)

2003/11/23 Shisui Gagetsu






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