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篝火
-『闘月』斬番壱千打御礼 葉月みずのと様 江-
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「戦勝お祝い申し上げます。」 「無事のご帰還、何よりです。」 西国一の大妖怪である彼には戦の勝利など毎度の事ではあったが、それでも主の凱旋を出迎える妖怪達は嬉しそうに騒いでいる。 「ああ、皆もご苦労だった。 …今宵は凱旋の宴を開くとしよう、皆も存分に楽しんでくれ。」 そして彼らの主である所の闘牙王がそう返事を返すのも又いつもの事。 宴はいわば無礼講で、妖怪達も随分とそれを楽しみにしていた。 ただで好きなだけ飲み食い出来る、というのもあろうが…それ以前に滅多に目にする事さえ叶わぬ主の長子が時折父親の傍に寄り添うかの様に姿を見せるとするならば余計に、である。 「あ…あの、御屋形様?」 上機嫌な主に遠慮がちに声を掛ける者もいる始末で。 「こ、今宵は若君もお連れになるので…?」 顔を真っ赤に染めてその様な事を尋ねられれば自ずと男の言わんとする事が解ってしまい、闘牙王は思わず口の端を上げた。 「ふ、連れて来て欲しいか?…まあそれも、殺の気が向けば、だろうが。」 主に幾分意地悪気な笑みを向けられている事にも気付かず、その妖怪はこくこくと首を振る。 「そ、それは勿論…遠目からでも、せめてお姿なりとも拝見したいと…」 妖怪にしては随分と純情な気性の持ち主である。 『…私の殺に気があるらしいのは腹が立つが…からかって遊んだら面白そうだ…』、と闘牙王はその瞳に愉悦の色を濃くした。 「…それ程までに申すのなら、殺に口を利いておいてやろう。 「今戻ったぞ、殺。」 室内からの返事を待たずに襖を開けて入ってきた父親を、殺生丸は向かっていた文机から顔を上げる事で迎えた。 「お帰りなさいませ、父上。戦の勝利、おめでとう存じまする。」 型通りに美しい辞儀をしてみせる息子を、闘牙王は慌てて制する。 「よせよせ、いつも言っているだろう、父である私に頭を下げる必要はない。 祝ってくれるのは嬉しいが…それなら迎えの口付けでも貰えると言う事は無いのだがなあ。」 冗談交じりの、しかし半分位本心も混じったその口調に殺生丸は微かに肩を落とした。 「おからかいに、ならないで下さい。」 父の方から僅かに視線を逸らせば、それを追い掛けるかの様に闘牙王が真正面に座し、殺生丸の顔を覗きこむ。 「…連れて行かなんだ事を、怒っているのか?」 ―――――本当は、悔しかった。 常に追い続けた父親の片腕となりたくて必死になって強さを求めた筈であったのに、その父親は自分の参戦を許さなかったのだから。 それ故、『いいえ』と父の言葉を否定する事は出来ず、殺生丸はただただ唇を噛み締める。 と、不意にその華奢な肩を闘牙王の逞しい腕が優しく包み込んだ。 「そなたがもう十分に強いのも、その強さを発揮する機会を求めている事も知っている。連れて行かなんだのは…私の我執ゆえかもしれぬ。 何故だろうな、そなたには血にまみれた戦場などに出向いて欲しくない。 未来永劫この腕の中に閉じ込めておきたいと願う程に。」 半ば独り言の様に呟かれた父の言葉に、殺生丸の強張っていた肩の力が抜かれる。 「機嫌を直しておくれ、父がどんなに願っても、いずれそなたが返り血を浴びねばならぬ日も来ようから。」 まるで穏やかなその声に誘われるかの如く、殺生丸の頭の重みがそっと父王の肩に預けられて。 「殺…?」 小さな呼びかけの声に返答を発する事無く、ただ静かに寄り添ってくる愛息子の様子に、闘牙王は心底幸せそうな笑みを浮かべた。 「それでな、殺。今宵、宴を開くのだが…そなたも来ぬか?」 束の間の静寂を破ったのは、闘牙王。 その言葉にはっとした様に殺生丸の肩が揺れた。 「戦勝の宴でございましょう? …参戦さえしておらぬ私がご一緒する訳には…」 小さく反論する長子を、だが闘牙王は悪戯っぽい笑み一つで宥めてしまう。 「そなたが来ぬでは宴といえど華が無くてつまらぬ。 それにそなたならばもし私が酔って醜態を演じても、安心して後を任せられるだろう…?」 殺生丸の美しい銀糸を緩く指で梳きながらの言葉は、こう言えば殺生丸が断れる筈もない事を計算しつくした上のものの様にも見えて。 結局殺生丸は宴の席で父王の隣に座を占める事になったのだった。 時は移ろって、時刻はもう夕方。 好天である事もあり、野外に沢山の篝火を焚いての宴となった。 ぱちぱちとはぜる火の粉が幻想的な色を醸し出している。 「これはこれは殺生丸様、宴にお渡り下さるとは…!!」 闘牙王に連れられてその艶姿を見せた殺生丸に、妖怪達が俄かにざわめき立つ。 その様子に闘牙王の口の端が微かに上がった。 「宴には華が無いとつまらぬでな、嫌がるのを無理を言って連れて来た。 我が賓客ゆえ、手出しはするでないぞ?」 楽しそうで、且つ意地悪気な主の口調に妖怪達は慌てて静けさを取り戻す。 「さて、今宵は無礼講よ、皆の者、存分に楽しみ戦の疲れを癒すが良い。」 闘牙王のその言葉を合図に樽ごとの酒が回された。 その様子を何とは無しに眺めていた殺生丸の肩を、次いでは腰の辺りを、不意に何かが引き寄せて。 「…っ」 一瞬の、出来事だった。 …気が付いた時には既に、殺生丸は一番上座に座した父王の膝へと横抱きに抱きかかえられていたのだから。 「何をなさいますっ!? …もしや、もう既に酔っておられるのですか?」 慌てて抗議する長子の言葉も何のその、闘牙王はにやりと笑みつつ抱きかかえた腕の力を強めるのみだ。 有ろう事か、息子の首筋にそっと顔を埋めさえしている。 「父上、この様な場所で…!!」 掠れかけた声で尚も反論する殺生丸の顔を、父王は上目遣いに見上げて笑った。 「なに、そなたの髪を揺らすそよ風にすら嫉妬して館の奥深く閉じ込めたつもりだったが、そなたに懸想する輩は後を絶たぬ様なのでな… こうして見せ付けておけば、少しは遠慮をするであろう?」 言い終わると同時に首筋を少し強めに吸い上げて紅い痕を付ける。 「…っ…父上…」 必死に抑えようとしても大きく響いてしまう息を呑む音を持て余しつつ殺生丸が父王を呼ぶ声に、宴席の皆がはっと主の様子を振り返って逆に顔を赤らめた。 「御屋形様っ…!!」 諌める重臣の声もどこか上ずる程に艶めかしい光景であった。 不敵な笑みを消さずに漸く殺生丸の身体を開放した父王は、今度は相手の華奢な手に杯を持たせる。 それに手ずから酒を注いでやり、不思議そうに首を傾げる殺生丸に『飲め』と目配せで告げた。 「どれ、私も飲むとしよう。」 杯になみなみと注がれた液体が全て殺生丸の唇へ納められた瞬間、そんな言葉と共に腕をぐいと引かれて。 未だ酒の残る口腔を父王の舌に翻弄され、酒諸共に吸い上げられる。 「・・・ぁ…っ…」 殺生丸が苦しげに咳込むまでその激しい接吻は続けられて。 父王の抱擁が解けた瞬間に殺生丸は目許を真っ赤に染めて走り去り、数瞬遅れて闘牙王が慌てて後を追った。 父王が愛息子を捕まえたのは丁度館の内へと繋がる小道の木立の中。 樹齢高き大樹の根元へと二人して倒れ込む。 「済まぬ、少々浮かれてやり過ぎた。」 闘牙王の詫びの言葉に、殺生丸は微かに顔を俯け、父の背に腕を回す事で応える。 清かな星影の下で、父王は宴席での激しいものとは又違った静かで優しい愛撫を施していった。 二人が宴席へと戻ったのは夜ももう随分と更けてからの事。 父に肩を抱かれて戻って来た主の長子の姿は、その首筋に咲いた紅い華のせいもあってか、えも言われぬ艶めかしさであったという。 『闘月』壱千打を踏んで下さった葉月みずのと様への斬り番御礼創作です。 カウンターが折角四桁に達するのだし…設定するか、という何とも突然な告知をトップ頁に出したにも関わらず、ご報告下さって誠に感謝を致して居ります。 『人目を全く気にせず殺様にせまる父上』とのお題を頂きました…!! ちなみに私の頭の中では…『”人目を気にせず”→”むしろ見せ付ける”』という解釈が働きまして(笑)この様な物が…。 随分長らくお待たせしてしまいました事をお詫び申し上げつつ、少しでもお楽しみ頂けます様祈っております。 2004/03/30 牙月紫翠@管理者 拝 |