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あの方はまるで子供のよう
夢の中で楽しげに遊ぶ
子供のよう







「何ですって?お化けを見た??」
彼が夜半にいきなり押しかけてきたかと思うと、不意に不可解なことを口走った
「そうなんだよ、なんかいきなり白っぽい物体がいるから、何かと思って近づいていったら、フッて動いてよ〜!」
「それで貴方は、私のところまで逃げてきたんですね」
「うっ、んなハッキリ言わなくてもいいだろーが!」
いきなり形相を変えて走ってくるものだから、てっきり的でも攻めてきたのかと思ったら…………
私は、そんな些細なことでほっとした
「そんなの只の見間違いですよ。まったく、興覇そんなことでいちいち騒がないで下さい!」
「これが見間違えなんかじゃねーんだよ!長い髪の女の人がスッて立ってたんだ!………………それに」
「それに?」
「見た場所も場所だったしな……………」
そう言い澱む興覇に、私は首をかしげる
「孫策様の家の前だよ!」
「…………」
「いまわ誰も住んでねーから、ありゃ絶対に幽霊だって!」
私はその時、ある方の姿が思い浮かんで離れなかった。
「興覇……………」
「んだよ、伯言」
今まで床に腰を下ろしていた興覇が私の側まで歩み寄り
「その幽霊は、髪の長い方だったんですね」
「あぁ、そうだけど…………。なに?まさか伯言心当たりでもあるのか!?」
私は、この考えは当たって欲しくないと思いながらも、きっとそうだろうと何処かに確信があった
「えぇ、何となくですけど…………」
「それじゃー話は早い!明日俺と一緒に退治に行こうぜ!」
「いいえ!!」
急に大きな声を出した私に、興覇はビックリしたような顔をしていた
「すいません、ですけど。このことは僕に任せてもらえませんか?」
「なんで?…………まぁ、別にいいんだけどよ」
「すいません………………」
すると興覇は私の背中を強くたたいて
「んな辛気くせー面してんじゃねーよ!俺とお前の仲じゃねーか」
「はい、ありがとうございます」
そしてしばらく、どうでも良い世間話を交わすと彼は帰っていった



次の日の夜、私は『幽霊』の正体を探るために旧孫策邸へと足を運んだ
日は沈み、夜も更け、天上には月が煌々と輝いていた
そんな美しい夜だった
しばらくすると、誰かの足音が聞こえ私はその方に向かって声をかけた

「公瑾殿……………」

月の光に照らされたその人は、この呉で知らぬものはいない、周公瑾その人であった
月のせいだろうか?いつも白い肌をしたその方が、今日は青白く光っていた
「陸遜か?」
「どうしたのです、こんな夜中に。貴方ともあろうお方が護衛もつけず……………」
「それは君とて同じだろう?」
そう言うと彼は、綺麗に、儚げに笑った
「君こそ、こんな夜更けにどうしたのだ?」
「私は、興覇がこの近くで幽霊を見たと言ったので、怖いもの見たさでやってきたのですよ」
私も彼に笑いかける
「……………そうか」
きっと、興覇が見たというのはこの方のことだろう
この方は、こうして夜中に私の義父を捜して彷徨っている
二度と戻らない思い人を思って………………
「それで、その幽霊には出会えたのかな?」
「それがさっぱり、大層に美しい人だと聞きまして楽しみにしていたんですけどね」
そして、その方は目の前の暗く、荒れ廃れ果てた家を見て
「孫策は、どうしたのかな?」
「………義父なら、もうお休みになられたと思いますよ」
「………………そうか」
しばらく二人の間には長い沈黙が流れた、永遠のような一瞬、そんな感覚を思わせた
「帰りましょうか?公瑾殿。夜着だけでは今日は冷えます」
「ん」
「私が温かいお茶でもお入れしますよ?」
「ん」
「帰りましょう。公瑾殿」
私が彼の手を引き、歩き出そうとした……………が
「公瑾………殿?」
彼は断固としてその場を離れようとしなかった
「私は、もう少しここにいるよ。大丈夫、子供じゃないんだから風邪を引く前にちゃんと帰るよ」
そしてまた………沈黙
「…………わかりました。それじゃ、ちゃんと帰って下さいね」
すると彼は返事の変わりに、私に儚い微笑みをくれた
私は少し遠くの木に繋げてある馬のところまで走った



そこにたどり着くと一人、人がいた
「遅いお帰りだったな、伯言」
「興……覇…………」
私の馬の側に座り込んでいた興覇は、立って馬を繋げてある木に寄りかかった
「えぇ、結局…………」
「幽霊の正体は周公瑾だった……………当たりだろう?」
「…………どうして?」
「お前のあの態度見てりゃーわかるよ、あれは大都督を思ってるときの顔だった」
私は自分の顔に手をあてて
「そんな顔………してましたか??」
きょとんとした声で答える
「あぁ、それで俺は気になってお前の跡をつけてきた」
「………………」
「なぁ、伯言。なんで大都督をあのままにしておいたんだ?」
そんなことは決まっている
「それが、彼の望むことだったからです」
「だけどあのままじゃかわいそうじゃねーかよ!
もうあっちに逝っちまったヤツのことを思ってるなんて……………只の三流悲劇じゃねーか!!」
「それでも!!……………それでも、これが僕の………彼に対する愛し方なんです…………」
そう言ってる自分が、惨めだった
「私たちは彼を救うことができない!それなら………それなら、あの方を楽しい夢の中に住まわさせてあげたいんです」
「アレが楽しいって顔かよ!」
それでも興覇は引き下がらず、私の肩を強く掴んで揺さぶった
「今でもまだ間に合う、もう一度行って言ってやれよ、もう孫策様はどこにも………」
「やめて下さい!やめて下さい!!やめて下さい!!!」
わたしは、声の限り叫んだ
「そしたら……………そんなことを言ってあの方を現実に引き戻してしまったら!きっとあの方は二度と僕など見てくれなくなる!
私の義父のもとへ逝ってしまう………………!」
「伯言…………」
「これが僕の最後のエゴ、最後の我が儘なんです……………」
私はその場に力無く座り込んだ、額からは

血のような汗が流れ落ちた

「許して下さい…………興覇………………あの方の幸福を望まないこの僕を………………許して、興覇」
消え入りそうな声で泣く私、興覇は私を包み込み
「馬鹿、誰がせめられるかよ。誰だってどうしたって譲れない願いくらいあるさ」
私の体は一瞬強張り
「俺は…………その……………お前を愛することを止められねー、お前はそれを許してくれる…………お互い様じゃねーか」
「興覇」
私は………残酷だと思う、興覇の胸に抱かれながら、あの方のことを思う
今でもしかり………



あの方は夢の中の子供

今もまた

夢の中で夢を追ってる

私はその方が夢から覚めぬように

いつまでもいつまでも

見守っている



あの方は夢の中の子供

私のせいで閉じこめられた

哀れな子供



[2003/08/27 || Written by 神谷聖人様]





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