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Long Time Miss


 慌しく人々が行き交う城内。王の結婚式を間近に控え、皆が皆忙しく、そして喜びに満ちた時間を過ごしていた。
 長く不在であった王の帰還、そして中つ国全土に暗い影を落としていた冥王サウロンの滅亡。彼らが喜びに満ち溢れるのも無理は無かろう。

 私も、皆と同じように勝利を喜べたら良かったのに。戦いの終結に安堵しながらも、同時に襲ってくるこの息苦しさは何だろう。

 城壁に上れば、眼前に広がる白い、都。未だ旅を始めたばかりの頃、この都の執政の長子だったボロミアが誇らしげに話していた。あんなに故郷を恋しがっていた貴方の代わりに、私がこの景色を視界に納める事になろうとは。
 美しい、都だと、私もそう思いますよ。…でも何故か、心の中から空虚さが消えないのです…。


 瞳をこらすと、遠くからやってくる一団が視界に入った。アラゴルンの妃となるアルウェンの一行だと悟り、レゴラスはその身を城内へと向ける。
 もうすぐ待ち人が到着する事を王に知らせるよう通り掛かった人間の兵士に命じ、自身は与えられた部屋へ戻った。

 何だか少しだけ身体に力が入らないけれど、きちんと身形を整えて迎えに出なければ。久しぶりに、会うのだから。…アルウェンにも、エルロンド卿にも、…金華公にも…。


 自室に戻って着替えをし、城の外門へ向かおうと城内から足を踏み出した時。軽い眩暈がレゴラスを襲った。軽い立ち眩みだろう、と自分に言い聞かせて、近くにあった柱へと身体をもたれさせ、暫しの間瞳を閉じる。
 再び瞳を開けた時、目の前に広がる世界はいつもと同じように鮮明に見えた。裂け谷の一行はもう城門のすぐ側まで迫っており、アラゴルンやファラミアが騎馬で迎えに出ているのが視界に映る。

 陽射しが、眩しい。普段ならば好んで浴びる太陽の光が今はきつ過ぎるものに思えて、レゴラスは皆の方へ向かおうと再び踏み出した足を止めてしまった。

 また今のように立ち眩みを起こして、折角の歓びの時に水を差したくない…今はこの建物の下から、再会を喜び合う彼らを祝うとしよう。




 皆でゴンドールの王城へ入り、一息付いているうちに日は傾き、紅く萌える夕日を眺めながらの宴となった。騒がしいその中で、主賓の一人であるエルロンドは、その顔に少々気掛かりそうな表情を浮かべていた。

「…グロールフィンデル…気付いて居ろうな?」

 裂け谷の主の低くて重々しい声がその右腕であるエルフへとかけられた。対するグロールフィンデルの方も少々難しい表情を浮かべている。

「…ええ。」

 短く呟くと、グロールフィンデルはそっとその広間を後にした。


 確かに、この城に着いた時には、彼も自分達を出迎えてくれたのだ。喜んで手を取り合う人の王と夕星の姫を、遠目に見守りつつではあったけれど。

 思えばあの時違和感を感じるべきだったのかもしれない。彼とて指輪を葬る旅に出掛けた功労者の一人、人々の輪の中心で共に喜びを分かち合って当然の人物であるのだから。

 広間で続く歓迎の宴に皆が集っているのだろう、夕刻の回廊は所々に歩哨が立つのみで、閑散としていた。丁度目が合った警備の者に、少しいいか、と声を掛ける。

「マークウッドの、緑葉の王子の居室はどちらですか?」

 問われた歩哨は、グロールフィンデルが裂け谷から赴いて来たエルフであることに気付き、背筋をしゃんと伸ばした。

「レゴラス様はあちらの奥宮殿にお住まいですが…御用がお有りなら、呼びに人を遣わしましょうか?」

 礼儀正しくそう尋ねてくる兵に、金華公は緩やかに首を振った。

「いや、構わない、…私が直接ご挨拶に伺うから。」

 はっ、と敬礼を返す男を後にし、グロールフィンデルは指し示された方向へと足を向けた。

 レゴラスが住んでいるという奥宮殿は、緑豊かな、住まう主の雰囲気を彷彿とさせる一角であった。建物の入り口に警備の兵が居る他には、人の気配はしない。その兵に軽く声をかけて、建物内に足を踏み入れる。静か過ぎる回廊に、庭園から流れて来るのであろう、微かなせせらぎの音のみが届いた。
 レゴラスの居室が何処であるのか、詳しく尋ねる事はしなかったが、大体当たりをつけて、建物の中で最も奥まった位置にある部屋へと向かう。軽くノックをしても、そっと呼びかけても、返事は無い。別の部屋か、とも思ったが、グロールフィンデルは何とは無しに扉の取手に手を掛け、軽く押してみた。

 音もなく、吸い込まれるように扉が開く。明かりを灯していない室内は薄暗く、外から聞こえてきた寂しげな鳥の鳴き声がグロールフィンデルの不安を煽った。
 静かに、だが早足で部屋の奥へと進んで行く。扉に錠も掛けないなんて、不用心ですよ、と言おうとして言えなかった。
 突如として視界に入った、天蓋付きの大きな寝台に取り縋るようにして倒れている、求めていた人の姿。

「…っ…レゴラス王子っ!」

 側に駆け寄り、少し大きな声で名を呼びつつ、強くその肩を揺する。暫くは何の反応も無かったが、何度目かに名を呼んだ時、焦点の合わぬ目がゆっくりと開かれた。

「…あ…」

 ぼんやりと小さな声を出したレゴラスの瞳が、次第に焦点を合わせ始める。

「…金…華公…?」

 少しだけ掠れた声で呼ばれて、グロールフィンデルは穏やかに微笑みつつ頷いた。

「久しぶりですね、緑葉の王子。探しに来て見れば倒れて居られたから、心配しました。」

 倒れていたのだ、と告げられて、王子の瞳が一瞬曇り、すぐに又元に戻った。

「少し疲れて、眠っていただけですよ、大丈夫です。それよりも…お会いできて、嬉しいです、金華公。」

 気丈に微笑む王子の姿に、金華公は僅かに眉を潜める。腕を伸ばし、目の前で微かに震える、以前より一回り細くなった王子の肩を強く抱きこんで、耳元で囁きかけた。

「心配をかけまいとしてくれているのは解りますが…私の前でまで、そのような強がりを言わないで下さい。私達エルフは、少々疲れた位では人間と同じ様に倒れて眠ったりはしない。貴方の体調を崩させているのは…もっと別の、精神的な苦痛でしょう…?」

 レゴラスははっとしたように瞳を見開き、次いで切なそうな光を其処に宿した。

「貴方には…かないません。…全て、お見通しなんですね。」

 その言葉を受けて、グロールフィンデルは先を促すように優しく言葉を続けた。

「全て解るわけでは有りませんが…会えなかった長い間、ずっと貴方の事ばかり想っていたので。何かに苦しんでいるのならば、その苦痛を軽くして差し上げたいのですよ。」

グロールフィンデルの腕の中に納まったまま、レゴラスは途切れ途切れに、色々な事を話した。あの旅で自分達が遭遇した、様々な困難、出会い、別れ。

「ボロミアの時も、そしてエルロンド卿が遣わして下さった角笛城の戦いでのハルディアの時も…守ることが出来ず、助けられなくて…。もう二度とこの地で会うことは叶わないのだ、と足元から力が抜けて行ったのを覚えています。でも、あの時は、…すぐ後に戦いが控えていたから、無理矢理その哀しみを頭の片隅に追いやっていたんです。そうしないと…又誰かを失ってしまうような気がしていたから。」

 グロールフィンデルは黙ってレゴラスの髪を撫で続ける。

「戦いが終わって…他に考える事が無くなったら、胸の中が空虚感で埋め尽くされてしまって。」

 そう言って俯くレゴラスの頬を、銀色の雫が一筋伝い落ちた。その涙を、グロールフィンデルは唇でそっと吸い取ってやる。

「…どうか、一人で耐えないで下さい。貴方の悲しみを、全て洗い流してあげられればいいのに。」

 優しくそう言うグロールフィンデルの着衣の裾を固く握り締めて、レゴラスは随分と長い間嗚咽を漏らし、いつしか相手の胸に重みを預けて夢の小道へと迷い込んだ。


 次にその翠色の瞳が開かれたのは、もう朝日も射し込み始めた頃。その間、金華公は片時も傍を離れる事無く、愛しい重みを引き受けていた。
 レゴラスの瞳は少しだけ赤く腫れていたものの、その顔色は昨夜より随分と良くなっていた。二人で身支度を整え、夜通し行われて未だに皆がそこへ集っていると思われる広間へと向かう。

「おお、久方振りだな、緑葉。」

 二人が広間に現れたことにいち早く気付いたエルロンド卿は、久し振りに会うレゴラスを柔らかな抱擁で迎えた。

「昨夜ずっと姿が見えなかった故、心配していた。…大事無いか…?」

 穏やかに気遣う上古のエルフに、レゴラスは大丈夫だと爽やかな微笑みを向けた。




「…皆がアマンへ旅立つ時、私も一緒に行った方が良いのだと、解ってはいるのだけれど。エステル…いえ、エレッサール王やギムリと永遠に離れてしまう事を寂しく思う私は…やはり未熟なのでしょうね。」

 数日後、不意に、自嘲気味にそう言ったレゴラスを、金華公はそっと自分の近くに引き寄せた。

「この地に未練を残すなら、今は未だ、西へなど渡らずにおおきなさい。貴方がいつか、心から西へ渡りたいと望んだ時、私も共に西に渡りましょう。」

 その言葉に、驚いたようにレゴラスが目をみはる。

「で、でも…エルロンド卿のお供をなさるのではないのですか?」

「卿とて、貴方を一人でこの地に残して行く事をお望みにはなりませんよ。
それに…」

 一旦言葉を切ると、金華公はレゴラスの瞳をじっと覗き込んだ。

「私自身、もう二度と貴方を私の傍から離したくない。」

 顔を赤らめて、でも嬉しそうに微笑むレゴラスに、金華公は少し表情を改めてから軽い口付けを落とす。

「それと、緑葉の君。叶うならば、昔のようにグロール、と呼んでは下さいませんか?」

 レゴラスは恥ずかしそうに、グロール、と呼びかけると、金華公の背に腕を回した。そのレゴラスの耳に、金華公が吐息と共に小さな囁きを贈る。

『今初めて、貴方が私の腕の中に戻ってきてくれたのだと実感出来ましたよ。お帰りなさい、私の緑葉。」





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