Feud -Ver.2.0-
マークウッド…かつては緑の大森林であったが、今は光届かぬ土地。けれど其処に暮らすエルフ達も確かに居て。その森の王スランドゥイルは緑葉の王子と呼ばれる末の王子を常に傍に侍らせていた。
一族の中でも類稀なその美貌とかの王子の弓矢の腕は遠くロリアンや避け谷にまで聞こえる程のものであったが、それを面白く思わぬ者が出てくるのは仕方の無い成り行きであった。
父王の傍から下がって自室に戻ろうとすると、闇の森の末王子・レゴラスは回廊の陰で低い声で呼び止められた。
「待て、レゴラス。」
高圧的なその口調は彼の兄王子のもので。レゴラスは逆らう事無く足を止め、そちらに向かって拝礼する。
「又、父上に召されていたのか。」
短いが、充分過ぎる棘を含んだ辛辣な口調。緑葉の王子が、かの父王の側近く侍っているだけではなく、その閨の相手すらも務める事は、この森では公然の秘密だった。森の中で暮らしていれば、いつしか知れてくる事。スランドゥイルは皆にそのことを知られても平然としていたが。
緑葉の王子は暗にそのことに触れられて、困ったように更に顔を俯けた。その仕草は見ようによっては頷きと見えなくも無い。
対峙していた兄王子はその瞳にぎらぎらと憎憎しげな光を浮かべると、王子に一歩近付いて、他の者に聞かれぬ様な低い声で囁く。
「お前はお前の母親にそっくりだ。父上がお前をいつも側にお置きになるのも、それが理由。…思い上がるなよ、お前はお前の母親の代わりとして扱われているだけだ。」
兄の言葉は衝撃的であった。はっと息を呑み、その後どの様にして自室に戻ってきたのか分からない。
愛していると囁かれ、初めは戸惑いもしたものの、父に求められるままに全てをその手に委ねた。何故父が息子である自分を求めるのか分からぬまま、でも父の気持ちを疑った事はかつて無く。
けれど…自分を生んですぐにマンドスの館へと旅立った母。面影さえも知らないけれど、自分はそんなにも母に似ているのであろうか。
そして、兄のあの言葉。
私は、母上の代わりであるのだろうか。説明は、つく。父がこれ程に自分を側に置きたがる訳も。…自分が父にとって母上の身代わりであると考えれば。
そこまで考えを巡らせて、レゴラスは思わず両手で顔を覆った。何だか酷く傷付いている自分に愕然とする。
父に抱かれるうちに、恐らくは自分でも親子として以上の情を父に抱いてしまったのだ。その父が自分に誰かを重ねて見ていたなど…例えそれが自らの母であっても、認めたくない真実であった。
レゴラスはふらふらと暗い室内を歩くと、天蓋に覆われた寝台に呆然と腰を下ろした。
この寝台で、そして父王の部屋の寝台で囁かれた言葉は、全て自分に重ねられた他人の幻影への睦言であったのか。
…とても、耐えられない。全てを忘れて、夢の小道を永遠に彷徨っていたい。
寝台に倒れこんだレゴラスの頬を、透明な涙が一筋、静かに流れ落ちて行った。
どれほどの時が経ったのだろうか。誰かに些か大きな声で名を呼ばれ、レゴラスは覚醒を促された。ぼんやりと目を開けると、視界に映るのは見慣れた従者の顔。
「…ああ、どうかしたかい?」
寝台から起き上がるのも億劫で、身を横たえたまま従者に尋ねる。
「いえ、王子、もう夕刻でございます故、王が晩餐のお席へお召しでございます。」
晩餐を父王と、そして兄王子達と共に摂るのは、恒例の事である。行かぬわけにはゆかない、しかし今あの兄王子とそして父に会うのは心に重すぎた。知らず知らず溜め息をついて布団に顔を埋めたレゴラスに、従者は心配そうな視線を向けた。
「お加減がすぐれないのですか?…ならば王にそう申し上げましょうか?」
その申し出に、レゴラスは最初こそ大丈夫だ、と首を横に振ったものの、終いにはその言葉に甘えることにした。再び部屋に一人になって、又何をするでもなく、意識を浮遊させる。
一方スランドゥイルとその王子達は王の隣の一つの席の主を欠いたまま、晩餐を始めようとしていた。
「父上、レゴラスはどうしたのです?今宵はお側にいないのですね。」
少々わざとらしい台詞を吐いたのは、先程レゴラスを回廊で呼び止めた兄王子であった。スランドゥイルはそちらの方をちらりと見やり、一瞬眉を上げる。
「…ああ。珍しいな、そなたがあれを気に掛けるなど。」
そう鎌をかけてやると、相手の様子が慌てたようなものに変わる。恐らくそう切り返されるとは思っていなかったのだろう。
「いいえ、そのような事は…。兄弟として当たり前の注意は払っております。」
不明瞭な発音でそんなことを言う息子に、スランドゥイルの細められた瞳の光が強くなる。
「ほお、何か心当たりでも?」
「い、いいえ…」
息子の表情を見てスランドゥイルはひっそりと唇を歪めた。
(分かり易いことだな。…何があったのか、一目瞭然だ。)
気分が悪いので部屋で休む、と従者を介して伝えて来た末の王子のことは、スランドゥイルにとって今一番の気掛かりであった。そのまま見舞おうとしたら、もうお休みになっていらっしゃいますので、とその使いに言葉を尽くして静止されて。不審に思いながらも今この席に出向いて来ていた。
「夕餉が済んだら私の室まで来るように。」
兄王子にそう命じておいて、スランドゥイルは先に席を立った。
「父上。」
室外から呼びつけておいた息子の声を聞いて、スランドゥイルは、入れ、と声を放る。そう言えばこの息子がこの部屋に足を踏み入れたのは随分と久し振りの事かも知れない。
卓を間に挟んで向かい合い、父王はゆっくりと視線を合わせた。
「さて、何か父に言いたい事は無いか?」
青白いランプの光がスランドゥイルの横顔を僅かに鋭く照らし出すのを、兄王子は畏怖の感情を伴って見つめた。この父王の迫力にはいつも敵ったことが無い。
本当は、末の王子のことばかり構わずに、自分達他の王子をも平等に扱って欲しいと不満を抱いていたが、いざ本人を前にしてそのような事を言えはしなかった。父の居ない場所でさり気無く弟の方に不満をぶつけるしか術が無く。
「そなたが言えないというのなら、私が言ってやろう。大方レゴラスばかり側に置くことに不満を抱いてでもおるのだろう?」
父王にぴたりと胸の内を言い当てられ、兄王子の肩がびくりと震える。その様子をスランドゥイルは皮肉な目で眺めやった。
「緑葉と同じように扱われたいか?」
そしてそう言うが早いか、自身の息子の襟首を掴み、寝台に放り込んだ。四肢を押さえつけるようにその上に馬乗りになる。
あまりに突然の事に、組み伏せられた兄王子は青い顔をして、おやめ下さい、と懇願するのみ。
「私が緑葉にばかり構うので口惜しかったのだろう?何故拒む、同じにしてやろうと言うに。」
言うべき言葉が浮かばず、兄王子はもはや首を横に振るばかりだ。
ふっと興を削がれたようにスランドゥイルは息子を寝台に放ったまま立ち上がった。
「出来ぬだろう、父の閨の相手など?まあもっとも、私もそなたが相手では勃たぬが。分かったら、つまらぬ嫉妬などせぬが良い。」
長椅子に腰を下ろして素っ気無く呟く父王に、兄王子は震えながら父の寝台を降りると戸口へ向かった。自分が弟に向かって口にした言葉は父の耳に入ってしまっただろうか、と幾分恐怖を覚えながら。
ドアのノブに手を掛けた時、背後から幾分穏やかな父の声が追って来た。
「そなたの事を厭うて居るわけではない、父親としてはな。緑葉は…私の王子だが、単なる息子とは思えなくてな…いろいろと悩みもしたが、やはりそういう対象として見てしまう。私の咎だ。…あれに当たるような事は致すな。もし又そなたのせいであれが泣くような事があれば…わかっておろうな?」
穏やかでありながら、重い声でそう告げられたのに頷いて、兄王子はそっと父王の居室を後にした。
夜も更けて、月が中天に昇る頃。スランドゥイルは夕刻から自室に閉じこもって出て来ぬ末の王子の部屋を訪ねていた。
鍵は掛かっておらず、すんなりと訪問者を迎え入れる。吸い寄せられるようにして近付いた寝台には、頬に涙の跡のある、秀麗な横顔。
緑葉、と軽く呼びかけてみても、その意識は戻らない。その肩ごと腕の中に抱え込み、軽く揺さぶりながら、何度も何度も呼び掛ける。
不意に前触れ無く開けられる瞳。
「…父上?」
未だ夢の中を漂っているかのような声音で呼び掛けられて、スランドゥイルは痛ましそうな目でかの王子を見つめた。頬に残る涙の跡に、そっと唇を落とす。
「…っ!!」
次第に意識がはっきりと覚醒したらしい緑葉の王子が突然さっと身体を強張らせた。
「如何した?」
スランドゥイルが優しく問い掛けるのへ、一瞬の沈黙の後、レゴラスはただ、何でもないと首を振った。
決めたことが、ある。現と虚構の世界を彷徨っている間に。
もしも兄の言うように父が自分に母の面影を求めているのだとしたら、それでも良いと。出来るだけ母上がしたであろうと思われるのと、同じように、振舞おう。
父王が少しでも自分の傍らで安らげる様に。例えそれでこの胸の内が引き裂かれる様に痛んだとしても。
何故なら、これは仕方のない事。いつの間にか胸の内でこんなにも育っていた想いを自覚してしまったのだから…。
レゴラスの腕がゆるりとスランドゥイルの首に回される。
「何でもございませぬ…」
そう言って甘えるかのように妖艶に微笑む息子に、スランドゥイルは僅かに目を見開いた。この王子がこんな風に自ら誘うような行動を取ったことは嘗て無い。いつも自分が激しく求めるままに、戸惑いながら応えてくれるだけであった。こんな風に誘ってくる王子もいやではない、嫌ではないが…違和感は拭えない。
いや…かつてこれと似た状況に陥った事が一度あったか。
その時自分をこんな風に誘って見せたのは、目の前の緑葉の王子では無く、彼の母親であった女。普段は慎ましい性格であったが、宴の席で些か飲ませすぎた時のことだったのを鮮明に覚えている。
既視感…レゴラスが彼の母親が嘗て取った行動を知っている筈はないのだから、偶然ではあるのだろうけれど。
「どうした?珍しいな、そなたから誘うなど。」
そして何故自分は昔と同じ台詞を吐くのだろう。
「どうも致しませぬ。」
ひそやかに微笑んで、レゴラスは父王の膝の上に跨った。父上、と呼び掛けそうになって、慌てて呼称を変える。
「いつものように、抱いては下さらないのですか、王…?」
その台詞に半ば過去の世界へと引き摺り込まれかけていたスランドゥイルの意識ははっと元に戻った。レゴラスの身体を一旦離すと、その瞳をじっと覗き込む。
「待て、今そなた何と申した?」
レゴラスの瞳が一瞬痛みを隠すようにして伏せられ、そのまま唇だけが言葉をつむぐ。
「抱いて下さいと、申し上げました、我が君。」
スランドゥイルは今度こそ驚愕を隠せずに、息子の肩をきつく掴んだ。
「レゴラス、そなたに誘われるのも、そう呼ばれるのも、嫌な訳ではない。だが…そなたの変化に何か理由があるとしたら…話せ。」
一方、緑葉の王子の方も父の態度に戸惑いを隠せない。父が自分に母を重ねているのなら、こうした方が喜ばれるかと思ったのに。
それに、二人でこうして睦み合っているとき、父は必ず自分の名前を呼んでくれた。どんな時でも私の顔を見ながら他の者の名を呼んだことは無い。兄の言葉を頭から信じ込んでいたけれど、それは父を信じ切れなかった自分の弱さだったのであろうか。
「言えぬ、か。…そなたの兄に何か言われたのであろう?」
スランドゥイルの予測は確かに的を得ていて。対するレゴラスの肩に又もや震えが走る。
「何を言われた、我が緑葉よ。」
レゴラスは暫くずっと俯いていたが、根気強く待ち続ける父王に、やがてぽつりと答えを返した。
「父上が、私を通して母上を見ておられる、と。」
はっと息を呑み、スランドゥイルはレゴラスの華奢な肩を自らの方へ抱き寄せる。そのまま包み込むように抱きしめて、耳許に唇を寄せた。耳朶に舌を這わせながら、低く囁く。
「それで、そなたはそれを聞いてどう思った?」
敏感な王子は耳を愛撫されるだけで微かに喘ぎながら答えた。
「それは…相手がたとえ自分の母上であっても寂しくてかないませんでしたが…でも父上が私にそれを望まれるのなら、…お応えしようと思いました。」
息子の返事に更に愛しさが募る。自分だけがひたすらに求めているかのような関係がこんな風に変わったのはいつからであったろうか。
「緑葉…私をそこまで想ってくれるのは嬉しいが…そなたは、そなただ。誰の身代わりでもない。…父の言葉、信じてくれようか?」
そう囁いてやると、王子の表情が泣き笑いの様なものになって。その首が静かに縦に揺らされる。
それを合図に、スランドゥイルは王子の夜着の合わせに手をかけた。
「愛している、我が至宝の緑葉よ。どんな宝も、力の指輪でさえ、そなたの存在には敵わぬ。」
熱く囁きながら首筋から胸の飾りへ、そして更に下へと接吻を落として行く。スランドゥイルの唇が通った跡を、王子の身体に刻まれた紅い印が如実に語る。そうしてレゴラスの下部の先端を軽く吸い上げると、それだけで王子の唇から細い嬌声が漏れた。
少し性急かとも思ったが、前を愛撫しつつ後ろへと指を侵入させる。毎夜父の愛撫を受け入れた身体は、それだけでやすやすとその指を飲み込んだ。スランドゥイルがくい、と指を曲げたり、少々強く内部を掻き回したりする度に、王子の唇からはひっきりなしに悦楽の喘ぎが漏れた。指の動きが、確実にかの王子を絶頂へと追い立てていく。
「あ…ああっ、父上…もうっ…は、早く…来て下さい、ひとりでっ…いかせないで…」
途切れ途切れにそう懇願されて、スランドゥイルは自らも服を脱ぎかけ、ふと悪戯に王子に呼びかけた。勿論その間も愛撫の手を止める事はしない。
「なあ、緑葉よ。愛しい相手には名を呼んで欲しいと思うものだ。…私の名を呼べ、私が、欲しいなら…。」
翠色の瞳が大きく見開かれる。
「…そ、そんなことっ…スランドゥイル様…」
頬を染めながら名を呼ばれて、森の王は僅かに身体を進めた。そうしておいて、さらに囁きかける。
「様、などいらぬ。…そなたにしか呼ばせぬ名だ…さあ、スランドゥイル、と。」
それでも、父王をそんなに簡単に呼び捨てで呼べる筈もなく。王子が戸惑い続けているのを、スランドゥイルは優しい面持ちで眺めた。
「よい、困らせてしまったな。…その内そう呼んでくれたら嬉しいが。」
そう告げると、王子の体内にそっと自分を埋め込んでいく。
「…ああっ…父上…」
埋め込まれた瞬間に王子の身体がぴくりとしなり、高い嬌声が聞こえる。全てを中に埋め込むと、父王は一旦身体を止め、至近距離からまた睦言をささやいた。
「そういえば、先程の様に『我が君』と呼んでくれても構わぬぞ?そなたが気に病んでいたそなたの母は、私を只あなた、と呼んでおったから、身代わりなのではと心配する事も無い。」
それだけ言い終わると、スランドゥイルは強弱を付けて息子の身体を何度も貫いた。知り尽くしている身体…ひとつの無駄もなく、レゴラスを愛撫に溺れさせる。
二人同時に果てて寝台に倒れこんだ後も、二人は互いの背をしっかりと抱きしめたままであった。
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