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雪月華PROLOGUE * SIDE-Touga

 ” 新雪に残る痕 ”






 戦勝を果たした祝いの宴。
 途中からはもう無礼講で、家臣も主も皆が皆酒に酔って騒ぐ―――それはいつもの、本当に常なる光景。
 ただ、周囲のそんな浮かれた状況を一歩退いた所から冷めた目で見つめている自分がいる。

 …十六夜は、どうしているであろうな。

 人間という生き物であるが為に、妖怪達の宴へ出て来る事は叶わぬ彼女。人の世で暮らしていたなら・・・もっと人並みの幸せを得させてやる事が出来たのかも知れぬ。
 可哀想な事を、してしまった。…いくらこの満たされぬ心を慰める為とはいえ。



* * *



 あの頃、政略結婚で迎えた容姿だけは美しい気位の高い妻との生活に、己の心は荒れていくばかりだった。

『一族として必要なのは、完全な力を持つ世継ぎだけで良い。正妻にはその子供だけを産ませて、愛を育む相手は他所で見つけるとしよう。』

 いつしかそんな考えが心中に帰来して。そうして思惑通り正妻は嫡子を出産し、私はといえば身をやつして出掛けた人間達の町で、美しく儚げな女に心を惹かれた。
 この手で守ってやりたい、抱きしめてやりたい、と。
 …それが、十六夜。

 我ながら酷い男だとは分かっている。
 そのまま暫く人の町での逢瀬を続けていたが、十六夜も私も気楽な身分では無く、常に監視の目を気にせねばならなかった。
 それでも十六夜が私との子を身篭った頃には、館中の妖怪が十六夜の存在に気付いていて。このまま人間の中に置いておけば彼女が消されかねぬ、と秘密裏に自分の屋敷に引き取ったのだ。

 ”秘密裏に”という事は勿論皆がいずれその事実に気付くという事と同義。
 正妻であった女は、人間の妾を屋敷の内に連れ込まれた事を恨んで屋敷を飛び出した。それから先、何が彼女に振りかかったのかは知る術が無い。自分で喉を突いて命を絶ったのか、それとも通り掛かった妖怪に抗う事も無くその命を捨てたのか、翌朝家臣が見つけて来たのは既に冷たくなった彼女の姿だった。

 愛情が無かったから何の罪悪感も覚えなかったかと問われれば、答えは否、だ。彼女が悪い訳では無い、悪いものがあるとすればそれはこの世のめぐりあわせと、そして冷え切った関係を何とか修復しようとしなかった私自身だと痛いほどに分かってはいた。

 彼女が残した嫡子とは、さして言葉を交わした事さえ無かった。彼女も、そして殺生丸と名付けられたその子も、滅多に水の宮から出て来る事は無かったから、私が自ら宮へ足を運ばぬ限り接点は無きに等しい。
 最後に姿を見たのは…いつのことだっただろう。

 彼に母親の死を告げぬ訳には行かなかったが、彼女を追い詰めて殺したも同然の私がそれを報せに行くのだ、足取りは随分と重かった。
 久方振りに水の宮へと通じる隠し橋を開く。
 供は連れずに一人で対岸へと渡れば、其処は誰もおらぬかの様にしんと静まりかえっていて。神経を集中して辺りの気配を探ってみれば、そう遠くない室に静かな気配が一つ。
 それを辿って着いた室は、沢山の書物が置かれた薄暗い場所だった。
 その奥にある人影が…不意に此方を振り返る。

「…っ」

 銀の長髪、琥珀の瞳…訪ねて来た相手に間違いない。
 だが、いつの間にこんなにも成長していたのだろう。
 己の嫡子はまだまだ子供だと思っていたが、目の前にあるのは信じられぬ程に妖艶な美貌を持つ、幾分大人びた姿。

「…」

 無言のまま此方を見つめて、次いで膝を折った殺生丸が丁寧な礼を取る。

「御久しゅうございます、父上。何か御用が…?」

 涼やかな声音は、しかし何の感情も映しては居らずただ無機質に部屋の壁に響いた。

「いや、ああ…お前の母の事で、報せに来たのだ。」

 殺生丸の眉が一瞬ぴくりと動き、次いで又元の無表情に戻る。
 私の言わんとしている事を既に察しているのだろうか、急に室内の空気が気まずいものになった。

「…母上が、どうかなさいましたか…?」

 その沈黙を先に破ったのは、殺生丸の方で。硬質な声と共に、その視線が逸らされる。

「館を出て行って…家臣達が見つけた時には既に息が無かった。」

 誤魔化す訳にも行かぬし、いつまでも隠し通せはせぬだろう、と率直に事実を告げた。

「…左様ですか。」

 泣きもせず、恐らく原因が私にあるのだと分かっているであろう筈なのに、目の前にいる父親に向かって怒りを見せもせず。ただただ淡々と肯く彼。
 その白くて細い指先が、唯一、所在無さげに書物の縁を辿るのが痛々しくて、思わずその手を取る。
 その途端はっとした様に殺生丸の手が強張って。

「…まだ、何か…?」

 何と答えれば良かった…?
 幾ばくかの言葉を共有するには、私達は互いの事を知らなさ過ぎた。

「…いや、特には何も。今まで通りにこの宮で暮らすがいい、来たければ本殿に渡るのもお前の自由だ。」

 言葉に詰ってそんな事を呟き、逃げる様に私はあの場を後にしたのだった。



* * *



 果たして殺生丸はその後もあまり本殿に姿を見せる事は無く。時折、ほんの時折、書庫に足を運ぶ姿を遠目に見た。

 見る度にその横顔に秀麗さと、そして愁いの様な表情が増していっている気がして、何故だか殺生丸の面影がこの胸に引っ掛かる。
 不思議な感情が自分の内に目覚め始めている事に気付いて。

 ―――あの横顔を此方に向かせてみたい、彼が何らかの感情を浮べる所をこの目で見たい。
 それが私へ向けられる感情であったらどれほど嬉しいだろうか。

 これまでずっと関わりもせなんだくせに、我ながら何と身勝手である事か。
 あれの一体何に惹かれたのだろう。
 並外れた容姿にか?感情を消したその心根の謎めきにか?
 …それとも単にあれの母親を死なせてしまった罪悪感が私の心を波立たせているのだろうか。
 どれも正解ではない様な気がした。
 今思えば水の宮の書庫で対峙した瞬間、十六夜と出会った時とも、勿論正妻であった女と初めて会った時とも違う感触を得たのだから。



* * *



「御屋形様、飲んでいらっしゃいますかぁ…?」

 もう大分呂律の怪しくなった家臣の一人が絡んでくるのを適当にいなして、外気を吸おうと宴会場を抜け出す。
 扉一枚隔てただけで外は随分と静かなもので、室内のざわめきはまるで遠い場所の出来事の様だ。
 普段は何とは無しに通り過ぎる回廊を、今宵は酔い覚ましにゆっくりと歩いて行くと、不意に見覚えのある白銀の影が視界の隅に映った。

 …殺生丸…?
 本殿に、来ていたのか。
 普段から呼んだ事も無い故、宴を開く報せさえやらなかったが…何故あの様な場所に居るのだろう。

 意識して気配を絶ちつつそっと近付いて目に映ったものは、綺麗な剣筋を見せて武術の稽古をしている殺生丸の姿だった。
 たった一人で、ひゅんと音を立てて空気を斬る彼。月光を浴びてえも言われぬ魅力を醸し出す。

 暫くそのまま物陰から様子を眺めていたが、剣を振る彼を正面から眺めたいという衝動をどうにも抑えられずにそっと己の腰の剣に手を掛けた。

 ―――キィン…

 一気に間合いをつめて殺生丸の剣に己の剣を軽く打ちつければ、鋭い金属音が辺りに響き渡って。
 はっとした様に殺生丸の瞳が見開かれ、その身体が僅かに後じさった。

「…父上…」

 すぐにいつもの硬質な無表情に戻った殺生丸が、それでも剣を地面に置いて跪く。

「…剣の稽古を、していたか。」

 はい、と低く応えがあって、躊躇いがちに次の言葉が発せられた。

「宴の夜ならば、誰も馬場には居らぬかと思いました。」

 水の宮は確かに剣術の稽古をするにはあまり向かない。
 中庭があるものの、植えてある庭木や周囲の凝った装飾品が妨げとなる。だからこそ、本殿の広い稽古場を使いに来たという事か。

 其処まで考えて、ふとその言葉が殺生丸から自発的に発せられたものだと気付く。初めて彼が、私に向かって自分から語りかけて来てくれた言葉。
 何故だか不思議な喜びが胸の中を帰来した。…彼の中に、私と言葉を交わそうという気持ちがあるという表れだから。

「続けぬのか?…お前さえ良ければ仕合の相手をしてやろう。」

 此処に来た時には思ってもみなかった台詞が己の唇から零れ落ちる。同時に殺生丸の瞳が戸惑いの様な色を浮べて此方を見つめた。

「…ですが、それでは父上に真剣を向ける事に…」

 小さな呟きはそれでもしっかりと私の耳に届く。

 …この息子は。今まで殆ど父親らしい事さえしてこなかった私にこれ程までに敬意を払うのか。

 彼の生来の性なのか、それともこの世を去った彼の母親がそう彼を躾けたのかは分からなかったが、その事実に驚かずにはいられない。

「別に殺し合う訳ではない、少しばかり手合わせをするだけだ。」

 なだめる様にそう言ってみれば漸く殺生丸の表情に浮かんだ戸惑いが薄らぐ。

「折角だ、ついでに賭けでもしてみぬか…?」

 それはその瞬間に私の内に生まれた、ほんの少しの悪戯心。

「賭け…?」

 私の言葉を受けて微かに揺らめく色の殺生丸の瞳がこの上なく美しく思えた。
 自分が賭けに勝って何らかの望みを殺に叶えさせたいのか、それともわざと勝ちを譲って殺の望みを聞きだしたいのか、自分の真意さえ読めはしない。

「勝者が敗者の望みを一つ叶えるのだ。」

 暫しの沈黙の後、殺生丸の形の良い唇から静かな返答が発せられた。

「…父上が、そうお望みなのであれば。」



* * *



 地面に置いた剣を再び手に取り、注意深く間合いを見極める殺生丸。
 心地よい緊張感が場を覆った。
 そのままじりじりと睨み合う時間が随分と続き、月に照らし出された白刃だけが夜闇に映える。この均衡が破られる時、賭けの行方も決まるだろう。

 互いに相手から一瞬も目を逸らさぬまま随分と時間が経って、不意に音を立てる事も無く殺生丸が間合いに入ってくる。
 鋭く響く金属音と共に、想像していたよりも更に強い衝撃が腕に伝わった。素振りをしているのを見た時から綺麗な太刀筋だとは思っていたが…。
 殺生丸がこの仕合に本気で臨んで来ている事をその剣筋から感じ取り、此方も攻撃へと転じていく。
 三合、四合、五合…打ち合った後に再び二人の間に距離が出来た。

「参るぞ。」

 一声掛けて、今度は此方から打ちかかりに行く。
 ただ、勝ちたいと思った、この息子にただ、勝ちたいと。勝って、父親である私の事を特別に認識して欲しいと願った。
 自分から言い出した賭けの事さえ忘れて夢中で剣を振るい、己の剣が殺生丸の剣を跳ね飛ばした音ではっと我に返る。殺生丸の方も呆然とした表情でつい先程まで剣の重みを引き受けていた己の手を見つめていた。

「良い剣筋だ、いつの間にその様に強くなったのかと驚いたぞ。」

 そう声を掛ければはっとした様に此方を見つめ、それからゆっくりと又目の前に礼を取る。

「お手合わせに感謝を致します。賭けには…何をお望みでしょうか。」

 先程まで激しい太刀筋を繰り出して来たのと同じ人物とはとても思えない落ち着いた静かな声音が返って来て、その瞬間、己の背筋がぞくりと震えるのを感じた。頭の中は静かなのにどくどくと心臓の拍動の音だけが大きく響く、そんな感触。
 そのぼんやりとした感覚の中で、自分の唇がゆっくりと言葉を綴った。

『…今宵の宿りを。半刻の後にそなたの室を訪ねる。』

 驚きを如実に顕した殺生丸の表情を視界の端に収め、返事を聞く事無く自室に戻る。
 途端に錯綜した想いが私の中で暴れ始めた。

 ―――私は。殺生丸が欲しいと、己の長子を性の対象として欲しいと、そう望んで…?

 漸く戻って来た思考が己の心の奥深く巣食った願望を照らし出す。
 あれを前にした時に思考や理性がこの身から掻き消え、あの様な言の葉を口走ったのが良い例ではないか。

 確かに殺生丸の容姿は、その辺の者と比べて並外れて美しい。その顔には僅かに亡き正妻の面影を映して。
 …けれど、己が惹かれたのは恐らくその面影ではない。
 かつて感じた事の無い、強い独占欲の様な物が己の中に芽生え始めていた。



* * *



 隠し橋を開くのではなく、空中から渡る事で水の宮へと足を踏み入れる。
 罪悪感を感じたくせに、この様な衝動は理性で抑えつけるべきだと重々承知しているくせに、吸い寄せられる様に水の宮へと向く足を止められず。

 今ならまだ間に合う。
 誰ぞに書簡を持たせて、先程の言葉は冗談であったとでも言い送れば良い話だ。あるいは夜の内に急な用事が出来たとでも。

 けれど、そうしたいとは米粒ほどにも思いはしない。
 私は、あの時思わず呟いてしまった通り…殺をこの腕に抱きたいと願ってやまぬ。私だけの物にしたいと願ってやまぬ、この水の宮に囲い込んでしまいたい。
 権力を持つ男が、己の寵姫を豪華な後宮に篭めおく様に。

「…殺。」

 あまり来ぬ宮とは言え、殺生丸の居室を探し当てるのはさして難しい事ではない。彼の気配を探せば済む話で。
 間も無く辿り着いた室から僅かに漏れる灯りと、そして襖に映し出された影に声を掛けて扉を開く。

 室内の殺生丸の格好は、先程剣の練習をしていた時とは違うゆったりとした着物ではあったが、決して夜着ではなくむしろ正装に近いものであった。

「湯をつかったか。」

 短く掛けた問いへは、『少々汗をかきました故』と簡潔な答え。

「先程私が申した事の意味を…?」

 次なる問いに、ずっと頭を下げたままだった殺生丸の顔が上げられた。

「…水の宮に御寝所を、とお望みなのでは…?」

 躊躇いがちにそう答えて微かに首を傾げる仕草に、成る程、色事には無垢なまま成長したのか、と妙な安堵が胸に広がる。

「そうとも言えるし、違うとも言えような…。」

 ぐるりと見回せば、その室は殺が普段使っている室らしく、書き物机や巻物が壁際に置かれていた。
 恐らく殺自身の寝所は隣室であろう。

 そっと指先を伸ばして殺の顎を掬う。

「…父上…?」

 驚いた様に後じさるその姿に雄の部分が煽られて、そのまま距離をつめて噛み付くように口付けて。
 初めから舌を差し入れて相手を翻弄し、思う様その感触を味わう。
 私がやっと殺を開放した時、殺は苦しげに咳き込んで驚愕の瞳で此方を見ていた。

「…賭けの望みの、真の意味だ。」

 無言のまま瞳を見開く殺生丸に、そのまま言葉を続ける。

「今宵一晩、父と同じ夢を見よ。」

 低く呟くのと、慄く殺の首筋に己の顔を埋めるのが同時だった。
 もう、止められはしない…理性の声など、もう何の力も持ちはしない。
 ただただ、どうしようもなく目の前の相手への渇望が深まって行く。
 男を抱いた事などない、それなのに何故…どんな女を抱いた時よりも強い充足感が私を覆うのだろう。

「怖いか、殺。…この様な事をする父が恐ろしいか。」

 依然震えを止められぬままの殺の身体を抱きしめて言葉を囁くが、返事が返って来る筈もなく。

「恐れるな、すぐに何も考えられぬ程の悦楽をお前に与えてみせよう。」

 …そう、この胸中に渦巻く想いのたとえ一割なりとも、重ねた肌を通してお前に伝えられる様に。



「あ…ああっ…」

 細い、少しだけ掠れた声が薄暗い室に艶やかに響く。
 殺が必死で背けようとしている顔の表情がどうしようもなく私を煽って、ただ肌を交えるだけのつもりであった筈なのに、己の中のなけなしの理性が更に抑制の力を失って行った。

 『お止め下さい』と小さな声が抵抗を表していたのは、少し前の話。
 今の殺はそんな言葉を発する余裕さえ無く、ただこの手指の動きに翻弄されて。

「我慢出来ぬ…そなたを傷付けるのは本意ではないが、せめて力を抜いて居れ、初めてではどんなにほぐしたとてきっと痛いであろうから…」

 そんな風に囁いてやると、殺生丸の身体が再びびくりと強張って。
 緊張をほぐすかの様に隠された秘蕾へと唇を寄せれば甘い吐息がその唇から溢れ出す。

「そう、そのまま力を抜いておいで…」

 それでも舌を這わせていた場所へそっと己の分身を宛がった瞬間、殺の身体は慄きと共に緊張を伝えて来て。
 口付けで翻弄する事で殺の意識をそらしつつ、ゆっくりと奥へ進める。
 狭く、熱いその場所が最奥まで私を迎え入れるには随分と時が掛かった。

「…っ…」

 痛みに耐えているであろう事がはっきりと分かるのに『痛い』とも口にせず、又抵抗さえ諦めて静かに生理的な涙を瞳に浮べる殺生丸。
 済まない、とそう思っているくせに行為を止められない己の貪欲さを思い知る。

 私を受け入れた後いつしか気を失った殺の身体ごと抱きかかえて湯殿へ向かい、汚れをそっと洗い落としてやりながら、その脚を伝う血の紅が鮮やかに瞳に刺さった。

『済まぬ…』

 相手が聞いて居らぬからこそ音に出来る一言を呟き、肌に残る水気を拭き取ってから純白の夜着を着付けてやり、再び抱きかかえて寝所へと運ぶ。

 …殺が目覚めた時、私が此処にいる訳には行くまいな。
 昨日の今日で私の顔など見たくは無かろうし…何よりどんな顔をして会って良いものか分からぬ。

 殺の身体だけが得たかったか?
 ―――否。
 それでは何故、折角築かれ始めた殺との関係を崩す様な真似を…?
 ―――どうしても、ただの息子と父親の間柄にはなりたくなかったが故。

 自問自答する内に、まんじりともせずに長い夜が明けた。
 未だ眠りの淵に沈んだままの殺を残して本殿に戻る足はぞっとする程に重い。



「あなた…夕べはずっと宴においでで、お訪ね下さいませんでしたのね。」

 少しだけ寂しげな色を浮べた十六夜の許に顔だけを見せて、その日はそのまま自室へと篭った。



* * *



 …それが、始まり。
 輪廻の無限地獄の様にその日から私も、そして殺も己の心と葛藤をし続けた。

 数日間は互いに顔を合わす事を避け、それでも心のどこかで顔を見たいと願って夜分に訪ねた室で再び己の欲望に屈して殺を抱き。
 …殺はと言えば、暫しの間じっと此方を見つめた後にやはり無言のまま私の行為を受け入れた。

 そんな夜がやがて当たり前な物となって。
 いつしか殺は私の中で誰よりも近く、そして遠い存在と化していた。

 何時の日か、この想いをあれに伝える事叶う日が来るのだろうか。心も身体も最も近しい位置に寄り添える日が。



 ―――月日は廻る。
 もう一度、真の意味で廻り逢う為に。

 一人の男の存在が私達の間に波紋を投げ掛ける日を待っている。
 初めて会った時からあんなにあの男が気に入らなかったのは…もしかしたら、意識のどこかでそんな未来を感じ取っていた故であったろうか。



2004/03/03 Shisui Gagetsu





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