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歳時記 * 大晦日 -雪隠れ-





 ―――雪、か。

 年の変わる折に人間達がつくという重い鐘の音が遠く耳に届く。
 ちらほらと降る雪が辺りの草原をいつの間にかうっすらと白く染めて。

 …まだ、足りぬ。
 もっともっと、降り積もるがいい。

 折り良く白銀の世界にとけ込む事が出来るこの私の髪の色を深く埋めてしまう位。




 知っているのだ、一人で聞く鐘の音が、随分と淋しく、物悲しく聞こえる事を。
 父との間に半妖の弟をもうけた人間の女には、辛かろう。そして父も、そう思ったからこそ今朝の早朝に人知れず館を出て人界に降りて行ったのだ。

 私は、彼女と違って妖怪であるのだから。
 混じり気の無い、純血の妖怪であるのだから。
 …この様な感情を持ってはいけない。

 早く、戻って来て欲しいなどと。
 月日の区切り目に、ほんの一時でも良いからその腕で包んで欲しいなどと。

 雪に覆われた地面に腰を下ろすと、しんとした冷たさに襲われる。

 ―――妖でも、寒さなどという物を感じるのだな。
 今更ながらにそんな事を考えて。更に体温を奪われると分かっているのに、身体を倒して横になる。
 思わず小さく震えて、肩に掛けた毛皮の上かけを指の先で引き寄せた。

 眠りについてしまいたい、そう、このまま。
 目が覚めた時、この残酷な時間が過ぎて、貴方が再び館に戻っておられたらいいのに。

 顔にかかる銀の粒が、ふわりと融けてまるで涙の様に頬を濡らした。



「殺、…殺!!しっかり致せ、如何したのだ!!」

 少し強い力で揺さぶられて、途切れていた意識を引き戻される。

 …父上…?

 空を見上げれば未だ雪雲の残る暗い夜空。
 それなのに、何故貴方が此処に居るのだろう。

 目を開けた私の瞳を、父のそれがじっと覗き込む。

「…良かった、気がついたな。館に戻ればそなたが居らず、匂いを頼りに探せば雪の中に倒れている。…私を心配させるのが本当にうまいな。」

 心配して、下さったのですか。
 決して帰っては来られぬだろうと思っていた夜に父の訪れがあった事は素直に嬉しかった。

「その様に薄着で外気に触れていては、いくらそなたでも凍え死んでしまう。」

 やっと身を起こした私の肩を、そっと父の腕が引き寄せて。
 その瞬間に身に刺さるようだった冷気が遮断された。
 自分が父に抱かれて父の上着に共にくるまれているのだと知るのにさして時間は掛からず、触れ合った場所から規則正しい鼓動を伝えて来る父の胸に、心持ち頬を寄せる。

「…済まぬ、淋しかったか、殺?」

 低い父の声にそんな事を尋ねられて、胸の奥がざわついた。

 ”淋しかったか”、か…妖怪にはあるまじき事なのに、恐らく答えは是なのだろうな。…自分でそれを認めたいとは思わぬが。

「いいえ、父上。…寂しゅうなど、ございませぬ。」

 答えた声は、ほんの少しだけ震えていたかも知れない。父は黙って私の髪を撫でて、館に戻るか、と誘った。



 暗い闇に僅かに燭台の灯りが映える室に、無言のまま二人足を踏み入れる。それなりに温かい室内ではもう上着を着ける必要すらないのに、父は私を抱く腕の力を弱めようとはせず、そのままの体勢で褥の上に押し倒された。

「十六夜の元に先に出向いたのは…お前とこうして朝まで共に居たいと思ったからだ。」

 そんな言葉と共に首筋に顔を埋められ、あとはもう何一つ考えられぬ程に父の手で酔わされていく。
 淋しかった、と口で伝える事は出来ないけれど、貴方の背に縋りつく指の強さでそれを伝える事が出来るだろうか。



 室に差し込む清冽な朝日に目を開けた私を迎えたのは、昨晩固く抱き合って眠った父の瞳と、変わらぬ強さで背を支える父の腕で。

「…お前が愛しい。」

 耳元で囁かれたそんな言葉が深く心に染み入った。






◇ 後記 ◇
 『DYS』の後藤あづみ様がP-BBSにお描きこみ下さったイラストにインスピレーションを頂いて執筆した、2003年度の歳末スペシャルでした。一人で迎える大晦日はやっぱり淋しいもんだな、という実感がこもっております(笑)

2003/12/29 Shisui Gagetsu






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