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歳時記 * Helloween "Trick or treat!?"
※パラレル作品です。苦手な方はご注意下さい。





「殺生丸さま〜、お揃いだねっ!!」

 嬉しそうにそう笑う少女の衣装は、今宵は真っ黒な上着に同色の三角帽子。
 何でも異国の祭りの真似事をしたいのだ、と数日前にせがんでいた。半妖の弟の連れの者達とも交流があるらしく、どうやら其処で衣装などを仕入れて来たらしい。

 いつも自分と邪見と共に戦いに翻弄される日々の中で、たまには子供らしく無邪気に祭りを楽しみたいのだろう、と好きにさせておいたのだが。
 今日になって、その衣装を身に着けた養い子が黒い包みを差し出してきた。

「ね、殺生丸さまもっ!!」

「…なんだ、これは…?」

 言葉少なに尋ねてみれば、ねだるような瞳で見上げられる。

「かごめお姉ちゃんが用意してくれたの、折角だから一緒に着て…?」

 我ながらこの少女には甘い、と思いながらも、そう頼まれて無下に断れる筈も無く、黙ってその布地を受け取る。

「やったあ、邪見さま、殺生丸さま着てくれるって!!」

 そんな風にはしゃぐ声を後ろに聞きながら。

「さ、流石は殺生丸様…異国の衣装も良くお似合いで…」

 見当違いな褒め言葉を口にする従者に今迄着ていた襦袢を持たせ、慣れぬ感触の衣服に僅かに戸惑う。
 …このような柔らかい布地では、防具としての役目は果たさぬな…。

「わあっ、殺生丸様、すごく良く似合ってる!!」

 嬉しそうなりんの声が響き。
 次いで同じ布地の円錐形のものと細長い棒を手渡された。

「はいっ、”帽子”、被ってみて…?あ、あと殺生丸様は”すてっき”も持ってね!!」

 …何か意味のある道具なのだろうか。この棒は…武器にするにはいささか華奢過ぎるだろう。

「りん、着替えたらかごめお姉ちゃんに見せに行くって約束したんだけど…行って来てもいい…?」

 私を見上げてそう問う幼子に、応、と頷いてやると、無言で袖を掴まれた。
 一緒に来てくれ、とそういう事か。
 いずれにせよりんだけを遣るのは危険ゆえ、同行するのは構わぬが…わざわざこの様な衣服に着替えさせた辺り弟の連れの女の策略であるような気がした。



* * *



「遅いなあ…失敗しちゃったのかなあ…。」

 上空を見上げながらぶつぶつと呟き、落ち着き無く辺りを見回すかごめに、仲間達は一様に不審そうな目を向けた。

「さっきからお前、一体何を待ってやがるんでえ。」

 ついに我慢しきれなくなって問いを発した犬夜叉に、かごめが初めて注意を戻す。

「ああ、りんちゃんを待ってるの。今日は十月の三十一日だから…。」

「りんって…殺生丸の連れてるガキかよ。」

 その名を聞いた途端、露骨に犬夜叉の瞳に浮かんだ拗ねたような表情が子供っぽい。大方半妖の自分を受け入れなかった兄があの人間の子供だけに格別に情を掛けるのが羨ましいのだろう。

「大人気ないわよ、犬夜叉。…それに、もしかしたら殺生丸も来るかも…。」

 夢見るような口調でそう呟くかごめの声に、

「本当かっ!!?」
「誠ですか、兄上殿がっ!?」

 犬夜叉と弥勒の弾んだ声が綺麗に重なった。



 それから待つ事数刻。
 かごめだけでなく三人共がそわそわと周囲を伺う様子を、珊瑚や七宝は呆れたように見守った。

 不意にざあっと吹き込んできた風が、待ち人の到来を告げた。

「来た、あいつの匂いだ。」

 真っ先に気付いたのはやはり鼻の利く犬夜叉であったが。

 ふわり、と降り立つ長身の影と、小柄な少女を背に乗せた双頭の竜。
 その装いを見た途端、三人は口をぽかんと開けて固まった。

「何を惚けている。」

 冷たく掛けられる殺生丸の第一声。
 はっと我に返ったように三人が顔を見合わせる。

「いやあ、流石でございますなあ、普段のお召し物も良くお似合いでしたが、この衣装に身を包まれても一層兄上殿の魅力が引き立つようです。勿論どんな衣をおつけになっても、兄上殿の美しさが損なわれる事はないでしょうが…。」

 一瞬の間の後、堰を切ったかのように賛辞を連ねる弥勒を、恥ずかしい事を言う男だ、と殺生丸が一蹴する。

「で、でも…今回ばかりは本当に良く似合ってるわよ…?私とりんちゃんの見立ては間違ってなかったってことかしら。」

 呟くかごめは何かを思い出した様子でいそいそとリュックサックの中身を漁っていた。

「…よ、よお殺生丸、珍しいじゃねえか、てめえが女子供の言いなりになるなんてよ。み、妙に似合ってるけどなっ…!!」

 最後にぼそりとそんな事を呟いたのは半妖の弟であった。

「お前には関係の無い事だ。」

 視線をやりもせず、殺生丸はそう即答する。

「それともお前がこれを着たかったのか。」

 ぴしりと跳ね返されて、犬夜叉は言葉に詰らざるを得なかった。そこに漸く何かを探し終えたらしいかごめが仲裁に入る。

「まあまあ、今日はハロウィーンなんだし、そんな険悪にならないで。ほら、記念に写真撮影しよう…?りんちゃんと殺生丸で其処に並んで。」

 有無を言わせず二人を月を背に並ばせる。
 ぱしゃり、と一瞬夜闇に鋭い光が奔り、かごめの手の中の機械が不思議な音を立てて動き出した。

「何だ、これは。」

 出て来た小さな四角いものを見つめて殺生丸が呟く。

「”写真”よ、一瞬をずっと留めて置くためのもの。ね、記念になると思わない…?」

 四角い枠の中には目を伏せる己と、楽しそうに笑う養い子の姿。
 いつの間に持ってきたのか、かぼちゃと思わしき奇怪な顔を抱えている。先程までは無かったから…弟の一行の狐妖怪が変化しでもしたのだろう、祭りにかかせぬ道具、とやらなのか。

「…そうか。たまにはそれも悪くはないやも知れぬ。」

 ぽつりと呟いて殺生丸は未だ床に転がる大きな南瓜を手に取った。
 驚いたのは変化していた七宝である。
 先程かごめに耳打ちされて、短時間なら、と引き受けたのであったが、まさかこの大妖に直に抱き上げられる事になるとは思ってもみなかった。
 尤も殺生丸にしてみれば、七宝を、ではなく、祭りの道具の形を良く見て置こう、という意図であったのだが。

『わ、わ〜ん』

 数秒の後、そんな音を立てて七宝の変化が解ける。
 小妖怪の顔は真っ赤で、今にも目を回しそうであった。

「おい、七宝、いつまで抱っこされてる気だぁ…?」

 殺生丸が七宝を離す前に、犬夜叉がその小さな身体を兄の手から引き離す。
 その行為にはやはり小さな嫉妬が見え隠れしていて。

「…大人気ないですな、犬夜叉。」
「大人気ないわねえ…」

 異口同音に連れの二人に言わしめる所以であった。

「りん、今日は此処でおねえちゃん達と一緒に寝たいなあ…。駄目…?殺生丸様。」

 不意にりんがそんなことをねだるのへ、殺生丸は特に表情も変えずに好きにしろ、と呟く。
 『明朝迎えに来る』とそれだけ告げて、美妖はかごめ達が引き止める間も無く場を立ち去って行った。



「…ご機嫌斜めね、犬夜叉。いつもと違う殺生丸の恰好を見れたのに、嬉しくないの?」

 むすっとしている犬夜叉の元にかごめがやって来る。

「殺生丸に構って貰えなくて拗ねてるんでしょう?…仕方ないわね、いい事教えてあげるわ。帰っちゃったけど殺生丸が今何処にいるのか、あんたのその鼻なら分かるでしょ?」

 そう言われて犬夜叉は小さく頷く。
 あまり遠くに離れられてしまうと半妖の自分では匂いを追いきれないが、今未だ兄はそう遠くない森にいるようであった。

「おっかけなさい。それで、見つけたらこう言うのよ、『トリックオアトリート』。…意味はね、『構ってくれないと悪戯しちゃうよ』って意味だけど、ハロウィーンの夜のおまじないみたいなものだから。」

 犬夜叉は未だ迷っているようであったが、かごめにぽんと背中を叩かれて目的の方向に走り去った。

 ほんとにもう、世話が焼けるんだから…。
 かごめのそんな溜め息を背に受けながら。



* * *



 匂いを辿って、殺生丸の居場所へと近付いて行く。
 果たして月光を背にした大木の上にその姿があった。

 近付いてきた犬夜叉にはしっかりと気付いていたようで、金色の瞳が鋭くこちらを射抜いた。

『ハロウィーンの夜のおまじないみたいなものだから』

 かごめの言葉が耳に蘇る。

「と…とりっくおあとりーと!!」

 叫ぶように言ってみた犬夜叉に、兄の眉が不思議そうに寄せられた。

「何のまじないだ、こんな夜更けに。」

 自分の口から意味を説明すべきかどうか迷う。
 でも…あんな意味をそのまま伝えるのは気恥ずかしくてならないから。

「意味はかごめに聞けよ、明日の朝また来るんだろ。」

 そう言って背を向ける。
 本当は共に何かを話していたいけれど。それが叶わぬなら側で座っているだけでもいいのだけれど。
 そうするだけの勇気が、今は出ない。

「待て、犬夜叉。」

 風が動いて、冷えた手に腕を掴まれた。
 兄の冷たい美貌が目の前にある。

 …まさか此処で毒華爪とか、使う気じゃないよな…?

 そんな事を思う己が可笑しかった。

「わざわざ追って来て、自分で告げた言葉の意味くらい、自分で伝えたらどうだ。」

 低い声に目線を上げれば、かちりと兄と目が合った。

「な、何でもねえ!!」

 思わず慌ててそう言った犬夜叉に、兄はふっと微笑った。

「…構って欲しいのだろう、お前は。それとも、悪戯をしたいのか?」

 思いがけない兄の台詞。

「な、何で知って…?」

「…帰りがけにお前の連れに呼び止められた。この言葉はこういう意味だから、覚えておけ、と。」

 そうか、かごめが手を回しておいてくれたのか。

「…それで、どちらだ?わざわざ此処まで追って来たのは、構って欲しいからなのか、それとも悪戯がしたいからなのか。」

 普段なら有り得ない程に穏やかな口調の兄の声。
 心なしかこの駆け引きを楽しんでいる様にさえ聞こえる。

 両方…って言ったらやっぱり怒られるよな。
 でも、本当に選べないんだ。
 りんや七宝がして貰っていたように構って欲しいとも思うし、もう随分と前からこの心に秘め続けてきた想いを受け止めて欲しいとも、思うんだ。

「ふっ、選べぬようだな。ならばお預けだ…と言いたい所だが、祭りの夜とやらも今日を限りだ。取り敢えず構ってやるから、どちらを選ぶかゆっくり悩め。」

 そんな言葉と共に、腕に抱えて木の上に移動させられて。ばふりと、その肌触りの良い毛皮に包まれた。

 もしかして今、俺は殺生丸に膝枕を、されてるのか…?

 祭りの夜も今日を限り、という兄の言葉がちらりと脳裏を過ぎって心をちくりと刺したが、今だけはこの夢のような時間に身を委ねる事にしよう。






◇ 後記 ◇
 『HALF MOONS』のおのやん様が2003年のバレンタインにフリー配布なさっていた魔女衣装の殺生丸様に触発されて書いてみたSSでした。拙宅の犬夜叉小説の中では最も古い部類に入ります。後半、兄上が犬君に滅茶甘なのは、どこからどう見ても私の趣味(笑)

2003/10/29 Shisui Gagetsu






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