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Chapter5 ◇ こんなに心配させて…いけない人ですね


 走り去った九郎が何処へ行くのか、想像が付かなかった訳ではないけれど。案の定一人で軍馬を駆って出掛ける姿を見たという配下の兵卒の言葉に、頭を抱えてしまう。

 もしどこかで敵方の刺客に襲われでもしたら、どうするつもりなのだろう。そうでなくても体調が万全ではないのに…いやそれでも、非は九郎を動揺させてしまった己にあるのだろうが。昨晩多少無理をしてでも、自分で九郎を看ていればよかったか。

「弁慶様?」

 そんな格好で何処へ、と問う兵士に、すぐに戻りますから、と曖昧に微笑んでおいて自分も馬に鞍を付けた。闇雲に駆けて探す訳にも行かないが、幸いにも九郎が良く息抜きをしに行く場所を知っていたから。

 冬の風は、やはり身を切る様に冷たい。今更ながらに自分が随分薄着であるのだと気が付いた。

 …九郎のことは言えませんか。あの人の事になると僕も随分無鉄砲になる様ですね。


 陣からそれ程に離れていた場所では無かったので、目的地である小さな祠がある丘には程無くして到着した。

 雪の中に、己が乗って来たものとは違う馬の蹄の痕がある。…それも、一つだけではなく。
 ―――おかしい。瞬時に警鐘が鳴り響いた。九郎は供も付けずに一人で出掛けた…そしてこの場所はそんなに人が良く来る場所ではない。とすれば導かれる答えは一つ…この場所に、味方ではない誰かが来たと。
 この戦国の世に身を置く者としての常で、陣を出る時に身に付けてきた刀がこんな形で役に立とうとは。戦の折に用いる薙刀ほどに得手ではないが、それでもいつでもどんな武器でも扱えるように一通りの訓練はしていた。

 近くの木に馬を繋いでおいて、徒歩で雪の中を分け入る。それはとても簡単なこと…既に出来ている足跡を辿ればいいのだから。

 ―――九郎。どうか無事で、居て下さい。

 九郎が病を得た時といい、ここ数日はこんな心配ばかりしている様な気がする。思わずふっと苦笑しそうになって、弁慶は気を引き締めるように唇を噛んだ。

 ぴんと張り詰めた空気、そして微かな血の匂い。近い、と思った瞬間に背後に殺気を感じた。咄嗟に刀で受け止めるも、太刀筋は見覚えのあるもの。

「…九郎…!」

 思わず漏れた弁慶の安堵の溜め息と同時に、攻撃を仕掛けて来た九郎が太刀を退いた。

「…その…悪い。あいつらの仲間かと…。」

 見た所、九郎に怪我は無い様だった。無意識の内に弁慶の視線を避けているという事実を除けば、普段の九郎と何の変わりも無い。

「帰りましょう、九郎。長居しては危険ですから。」

 促してやれば、九郎はばつが悪そうに首を振って、示唆する様に背後へと目線を投げた。敵方もさるものだ…まずは九郎の足である馬を射たということか。ぐったりとした馬の様子は、それが既に息絶えている事を物語っていた。

「…僕が乗って来た馬が繋いでありますから…。」

 陣までは歩いて帰るのに何日も掛かるほどの距離ではない。少し路銀をはずめば、途中の農家から馬を借りることも出来るだろう。だから九郎だけでも先に暖を取れる自陣に帰してやりたかった。

 馬の繋いである場所まで無言のまま歩き、手綱を解いて九郎へ差し出した所で、常温よりも僅かに熱の篭った手に掌ごと掴まれる。

「…お前は、弁慶…?」

 私はいいんですよ、と返す間も無く、馬の背へと押し上げられて。次いで背中に、後から飛び乗って来た九郎の熱が伝わった。

「九郎っ…!」

 九郎とはもう随分長い付き合いだけれど、こんなに身体を密着させざるを得ない状況になったことなど無い。…いや、唯一有るとするならば…意識の無い九郎に己が薬を飲ませたあの時。
 片腕で己の胴を、片手で手綱を握る九郎にまるで抱き込まれている様な心地すらして、眩暈のしそうな酩酊に酔う。

「こいつは軍馬だ、人二人くらい乗せるのは何でもないだろう。」

 僕が名を呼んだのをどう取ったのか、低い声で短い一言が返された。
 ああ―――恐らく、九郎は。ただ僕をあそこに一人で置き去りにするに耐えなかったのだろうけれど。…こうして腕の中に居るこの一瞬を幸せだと感じてしまう自分の何と不埒なことだろう。

 不意に胴を抱え込む九郎の腕の力が強まって、鼓動が跳ねる。

「…九郎…?」

 小さく問い掛けるのへ、普段ならば”何でもない”とぶっきら棒な答えが返って来る筈なのに、今はそれが無い。

「…寒いな。」

 そして代わりにそんな一言が返される。確かに、あたりは身を切られる様な寒さ…けれど九郎の場合はそのせいばかりでもないだろう。…熱がぶり返して来たのかも知れない。己自身も着ていた夜着の上に上着を羽織っただけの姿とあっては、九郎の寒さを和らげてやる術は無かった。

「早く、戻りましょう。…散策には向かない日柄でしたね。」

 せめて胴に当てられている九郎の腕を己の腕で外気から守る様にしてそう告げて、僅かに馬の横腹を蹴って先を急かした。病み上がりに何故こんな無理をと詰らなかったのは、きっとその前のことを九郎と話す勇気が己に無かったからなのだろう。




 行きはばらばらに出掛けて行った自軍の大将と軍師が、帰りは無言のまま同じ馬で帰陣したことに厩番は驚きを顕わにしつつも、先に馬を下りた九郎の手から手綱を受け取った。

「一緒に来てくれ。」

 少し休んで下さい、と本来ならば弁慶の方から九郎に声を掛けるのが常であったのに、今日は九郎が先手を打って弁慶の腕を掴む。

 ―――やはり、無かったことには出来ないのでしょうね。

 そう心の中で呟きながら、黙って彼の後に続いて。襖を閉めて覚悟を決め、真っ直ぐに九郎の顔を見返した所で、『寒いな』と先刻の台詞を繰り返された。

「火を少し強めましょうか。…また熱が出ている様なら、薬を調合しますが。」

 いけない、と思いつつも互いに話の核心を避けてしまう。その均衡を先に崩してみせたのは、九郎の方が先だった。

「もし、これが俺じゃなくてヒノエだったら…お前はあいつを抱きしめて熱を分け与えるのか。」

 九郎の口から出たものにしては随分と直接的な台詞。ただ事実を確かめるだけにしては、あまりにも…。

「嫉妬して、くれたんですか。」

 違うかも知れない、一笑に付されるかも知れないと思いつつも問い掛けた瞬間、九郎の顔がぱっと朱に染まる。その事が他の何よりも肯定を示していて。
 気がついた時には自ら九郎の傍へと己が身を寄せていた。

「朝のあれは…ヒノエの悪い冗談ですよ。かつて君は僕を親友だと言ってくれましたが…僕がこうして想うのも、仕えるのも、君だけです、九郎。」

 たとえそれが己が彼に抱いているものと全く同等の感情でなくてもいい、ただ彼の中で自分が何らかの”特別”であれたことが嬉しかった。

「こんなに心配させて…いけない人ですね。」

 万感の想いを籠めて九郎の背に腕を回した所で、ぐいときつく腰を抱き返される。

「”いけないひと”はお前だろう、弁慶。一挙手一投足で俺を翻弄してやまないんだから。」

 言われた台詞に驚いて僅かに身体を離した所でぐいと顎を掴まれて、九郎の気性そのままにやや武骨だけれど真っ直ぐで優しい口付けをされた。

「嫌、だったか…?」

 考えてみれば、互いに未だ愛しいと気持ちを伝えてすらいないのだ。
 それでも、少し気まずそうな顔をして尋ねて来る九郎に”嫌じゃありませんよ”と否定してみせる弁慶の表情は、春の陽光の様な、優しい微笑に満ちていた。




◇ 後記 ◇
取り敢えず本編は完結。お題に合わせて短時間の間(恐らく劇中時間にして三日ほど)に凄いスピードで物語が展開していますが、軽く読める読み物にはなったかなあ、と。時間軸設定をしていないので、神子のみの字も出て来ませんが、弁慶が受けてりゃ良しということで許して頂けたら幸いです。(←え?)
+αなお題を使わせて頂いて、そのうち番外編とかやるかも知れません(笑)

非常にマイナーな話なのですが、九郎×弁慶話を書いていて、実はこの二人の関係が高河ゆん先生原作の『アーシアン』という漫画のミカエル×ラファエルに非常に良く似ているなあと思いました。(知ってる方いらっしゃいますか、アーシアン…最近完全版の単行本が出たりしたので知名度は少し上がったかとは思うのですが。)いえ、原作者様的にはラファエル×ミカエルなのでしょうが、牙月的には美人なラファエル様は受けなんだよなあ…。

2005/01/17 Shisui Gagetsu





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