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Chapter4 ◇ お仕置き


 九郎にああ言われたのがきっかけだったろうか。何とも間の悪いことに、微かな咽喉の痛みを…自分にも風邪の兆候が出ている事を自覚してしまった。
 …早い時期に何とかしないと拙いことになる。加えて、自分が感染したと知ったら九郎が随分と気に病むだろうと思うと、こんな時に健康を損なってしまった己の身が呪わしくなった。
 取り敢えず誰かに九郎の護衛を代わってくれる様に頼むべきだろうと思いながら、頭の中で陣中に居る仲間たちの顔を思い浮かべる。普段ならば九郎の剣の師でもあるリズヴァーンが一番適任なのであろうが、今彼はこの陣を離れている。

「何してんの?」

 すぐ横から聞こえてきた声は神出鬼没な甥のもの。渡りに船というわけではないが、気心の知れているヒノエにならば九郎の護衛も任せられる気がした。

「君でしたか。…少し、頼まれてくれますか?」

 驚きもせずに返した言葉には、いいけど、と短い返事。

「珍しいね、あんたが面と向かって俺に頼みごとをするなんて。」

 確かにそうかも知れない。いつも己は無意識に人に頼ることを避ける傾向にあるから。

「九郎の護衛を頼みたいのです。…それと、今夜は君の部屋を僕に貸してくれませんか。…ちょっと…僕も体調を崩したみたいなので。」

 今自分の部屋には九郎が休んでいる。自分の体調を考えるならば己もどこかで身体を休めねばならなかったが、入れ代わりに九郎の室を使うのは気が引けた。

「ふうん…うつった?」

 一を聞いて十を知る…それを体現しているかの如きヒノエの切り返しに、正直どきりとしつつも、曖昧に誤魔化す。

「九郎には言わないで下さい。僕が体調を崩したのは僕の体調管理がなっていないせいなんですから。…薬師のくせに情けないですけれどね。」

 こちらをじっと見つめたままのヒノエが、熱を計ろうというのか、一瞬こつんと額をぶつけて来た。はっとした時には、何事も無かったかの様に離れて。

「まあいいけど。…貸し一つ、ね。部屋は好きに使いなよ。」

 そうしてそのまま去って行く方角は、九郎が休んでいる場所。…丁度今、己が出て来た自室である。

 好きに使えと言われたとしてもあまり配置を動かしては悪いと、簡単に夜具を延べて、懐に持っていた薬を少し服してから横になる。
 無意識の内に疲れていたのか、眠りはすぐに訪れた。




「…おはよう。具合は?」

 まどろんでいた所に、耳に聞き慣れた声。朝になったから起こしに来たのだろうか、それとも何かあったから呼びに来たのか。

「悪くはありませんよ。…九郎はどんな様子ですか?」

 特に急いだ様子も無く褥の横に胡坐をかいているヒノエの様子を見ると、恐らく前者なのだろう。

「あっちもまあまあって感じじゃないの?まだ本調子とまでは行かないだろうけど、無茶さえしなければ普通に動けると思うよ。」

 良かった、と胸を撫で下ろした所で、思いがけずヒノエの顔が至近距離に迫る。昨晩は額が触れ合っただけだったけれど、今朝のそれは全く違う空気を含んでいる気がして思わず後ずさった所で、逃げんなよ、と低い囁き。

「貸し一つだって言っただろ。」

 挑戦的な視線で見上げられて思わず視線を伏せそうになった時、部屋の戸口の所でガタン、と物音が響いた。続いて聞こえたのは、明らかに動揺したように走り去る誰かの足音。
 …まさか、と脳裏に過ぎった想像にヒノエの顔を見遣れば、今はもう身体を離しているヒノエが確信犯的な笑みを浮べていた。

「言っとくけど…俺は部屋の中で安静にしてろって言ったのに、俺の行き先があんたの所だと思って後を付いて来たのはあいつの方だからね。」

 気付けなかった自分も迂闊だったが、それではこの甥が九郎の存在を知っていてとった行動に思う様翻弄されたことになる。

「…お仕置き、だよ。あんたもあいつもあまりにもどかしいからさ。…それはそうと、追い掛けなくていいの?あの源氏の大将は今頃、真っ赤な顔してどこかに姿を消してる頃だと思うけど?」

 極め付けに投げ掛けられた言葉にはっとした。
 …全く。折角治りかけているというのに、またこの寒気の中で無理をされたら叶わない。それに…あの年齢では珍しいほどに初心な九郎は、きっとあらぬ誤解をするだろう。

「貸し一つどころか…この借りはきっちり返して貰いますよ、ヒノエ。」

 ヒノエに向かって振り返り様にそう呟くと、弁慶は夜着の上に上着を纏っただけの格好で急ぎ足に部屋を出た。


「…とんでもなく初心な大将の目を開かせてやったんだから…やっぱり貸し一つだと思うけどね。」

 後に残されたヒノエがそんな風に呟いたことを、弁慶は知らない。




◇ 後記 ◇
お仕置きに…なっているんだろうか。結構難産な作品でしたが、仕上がりは中々気に入っております。次回は…濡れ場(違)を目撃してしまった九郎にある程度己の感情を自覚して頂きまして、大団円になるといいのだが。

2005/01/14 Shisui Gagetsu





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