novels index





Chapter1 ◇ 火遊び


『俺と火遊びしてみない?』

 まるでそれが日常の一環の様に、そんな言葉と軽い気持ちで女を口説く様になったのは一体幾つの頃からだっただろう。瞬時に真っ赤になる彼女達の姿を見て可愛いと思うことはあれど、決して夢中にはなれなかった。
 本当に欲しいと思って口説いてるわけじゃない…そんな自分に嫌気が差し始めたのに気付いて、正直胸の奥が痛くなる。

『…ヒノエ。後先考えずに誰彼見境無く口説くのはおやめなさい。』

 いつだったか、親父を訪ねて僅かな期間だけ熊野に戻って来た叔父が、まるで見かねたように言った言葉。叔父といっても俺と八つしか離れていないから、未だ随分と若いのだけれど。

『―――あんたの言う事は正論だよ。…でもあんただって、俺と似たり寄ったりだろ…?口説いてるつもりは無いのかも知れないけどね。』

 憎まれ口で返すのはいつものこと。そんな俺に、あいつはあの曖昧な笑みを浮かべたまま馬を駆って京へと戻って行ったのだった。


 あれからもう随分経つ―――忠告をものともせずに同じ様な行動を繰り返す俺の姿を、彼は何度か見ていた筈だ。それでも彼が再び忠告を発することは無く、いつもふっと目を伏せて何事も無かったかの様に俺が女と戯れている場所を避けて道を急ぐ。

 いつしか…これ見よがしに娘達に声を掛けるのは、あの叔父を振り向かせたいが為、もう一度何らかの忠告を、関心をこの俺に向けさせたいが為になっていて。まるで我慢比べの様に、館でのみ何気無い会話に応じてくれる叔父に挑んでいた。



「ヒノエ。」

 いつもの様に街の情勢を掴むという目的半分遊び半分で出かけようとしていた俺の背中に、年齢を経た大人の声が掛かる。振り返るまでもなく、窘める様なそれは俺自身の親父のもの。

「何だよ、親父。」

 面倒臭そうに返事をする俺をものともせずに、親父は腕組みをして此方を見つめていた。

「今宵またあれが熊野に戻るぞ。」

 親父の言う”あれ”とは、言うまでもなく年齢の離れた彼の弟。

「へえ、そうなんだ。最近は随分と頻繁にこっちに戻るんだね。」

 何でもない様な振りをして返した言葉は、しかしじっと此方を見据えたままの親父の視線に吸い込まれそうになる。

「俺があいつに頼んだんだよ、少し頻繁に戻って来てくれる様にと。京との密な連絡が必要になったというのもあるが…他の理由もある。」

 ―――他の、理由。
 それ以上何も語らぬ親父の目線は、もう一つの理由は既に分かっているだろうとそう告げている様だ。

「…用事はそれだけだ。出掛けるならお前の自由だが、気を引こうとしてわざと相手の心を痛める様な真似をするなんざ、餓鬼のすることだぞ。」

 ―――っくそ…親父にばれてるってことは、当然あの叔父にも俺の本心がばれてるってことか。子供じみた真似だという事は、自分でも分かっていた。

「…出掛けんのはやめとくよ。それとも、親父が叔父貴を迎えに行けっていうんならそうするけど?」

 踵を返して自分の部屋へと足を向けつつちらりと横目で振り返れば、相変わらず此方を真っ直ぐに見つめた親父が一言返事を返したのだった。

「…いや、迎えには俺が行く。あれも長旅で疲れているだろうからな。」

 …俺が迎えじゃ、あいつを疲れさせるだけだって言いたいのかよ。知らず知らずの内に唇を噛んで、それを否定出来ない自分が少し口惜しかった。



 それから、二三刻。親父はあの後すぐに迎えに出て行った様だからもうとっくに此方に着いた頃かと思うのに、叔父からは何の音沙汰も無かった。普段ならば…ああそうか、邸で会う前に街角でちらりと顔を合わせて、邸に戻ればあいつが『お帰りなさい』と迎えてくれたんだ。

 それでも邸に着いたのならちらりと顔くらい見せてくれても良さそうなものを、とそんな事を思いながら、叔父がこちらに滞在する際に使う室へと足を向けてみる。静まり返ったその風情に、未だ戻っていないのかもしれないと思いつつそっと襖を開けた所ではっとした。
 薄明かりが射した室内には、旅装も解かぬまま床に身を預けている叔父の姿。柔らかく波打ったその髪が床に惜しげもなく散らばっている。ややあってから此方の気配に気付いたのか、閉じられていた瞼がうっすらと押し上げられた。

「ヒノエ…?…どうかしましたか。」

 起き上がるわけでもなくぼんやりとそう呟く叔父に、大丈夫か、と一応の気遣いを見せれば、大丈夫ですよ、とやはりぼんやりとした笑みを返された。

「…珍しいですね、あなたがこんな時刻に邸に居るなんて。」

 そう、確かに珍しいかも知れない。でもそれが元をただせばあんたのせいだって言ったらあんたはどんな顔をする…?

「今日は…出掛けるのはやめたんだ。事情があってね。」

 自分でも思わせぶりな、ひねくれた言い方だとは思う。それでも叔父は微かな笑みを浮かべたままで『事情…?』と首を傾げただけだった。

「前にあんたに言われたのと同じ事を親父にも注意されたんで、今日くらいはと思ってね…自粛。」

 聡い男だ、これだけ言えば甥が何を言わんとしているか位、簡単に察するだろう。弁慶は一瞬はっと目を見開いて、それから微かに目線を逸らした。その表情の変化が何故だかいらだたしくて、未だ床に横たわったままの相手の肩に衝動的に手を掛ける。

「嘘だよ、親父に言われたせいじゃない。…気付いてるんだろ、あんたも…?」

 ―――俺の行動はあんたの気を惹きたくてのものだったって…親父と同じ様に。
 心の中の言葉は口には出さずに見つめる瞳の強さに熱を込める。

「僕が…?何に気付いているというんです?」

 その言葉は純粋に尋ねている様にも、また此方の言葉をはぐらかしている様にも聞こえて。胸の苛立ちが更に募った。

「俺が女の子達との火遊びに興じる理由。」

 すぐには返って来ない返事に焦れて、もう一言。

「…それともあんたが…俺と火遊びしてくれる?」

 身体の下に抑えつけたままの相手の首筋に顔を埋めながら呟いた言葉は、これまで軽い調子で沢山の女を口説いて来たのと同じ人間の声とは思えないほどに熱く掠れていた。




◇ 後記 ◇
ヒノエお題を開始。ヒノエが爆弾発言をかました所で第一部が終わっていますが、第二部以降で九郎連載とはまた違ったもどかしさを表現出来ればいいなあと思いつつ。(←本っ当にもどかしいの好きだよな、自分;)

2005/02/01 Shisui Gagetsu





|| Index ||
template : A Moveable Feast